企業のカスハラ対策事例|行政が紹介した8件の取組と、公開された基本方針5件の中身

厚生労働省と東京都が企業名を出して紹介したカスハラ対策の取組8件と、各社が自社サイトで公開している基本方針5件を、一次資料だけで整理します。各社が何から始めたか、それが告示51号の措置(義務・望ましい取組・効果的とされるもの)のどれに当たるか、公開方針から分かることと分からないことを示します。

更新
2026年10月5日
法令・資料の確認
2026年9月28日
読了の目安
12分
目次
  1. この記事の資料について
  2. 行政が紹介した8件の取組
  3. 8件に共通する進め方
  4. 各社が公開している方針5件
  5. 公開方針を参考にするときの注意
  6. ハラスメント対策室でできること
  7. よくある質問
  8. 次の一手

厚生労働省と東京都は、企業名(病院は匿名)を出して、カスハラ対策の取組を合わせて8件紹介しています。取組の中心は、被害の実態の把握、判断の基準、相談先、研修で、8件のうち4件はアンケートや報告の集計で社内の実態を確かめるところから始めています。各社が自社サイトで公開している方針は社外に向けた文書で、2026年10月1日から事業主の義務になった措置(従業員への周知、悪質なものへの対処の方針と体制など)が整っているかどうかは、公開文だけでは分かりません。

この記事では、行政が公表した取組8件と、各社のサイトで本文を確認できた方針5件を、告示51号(カスハラ防止指針)の措置に当てはめて整理します。

この記事の資料について

取組は、厚生労働省「カスタマーハラスメント防止対策企業事例」の7件と、東京都「TOKYOノーカスハラ支援ナビ 企業の取組事例」の1件です。どちらも行政が企業への取材をもとに公表したもので、本記事の要約はその記載の範囲に限ります。厚生労働省の7件には掲載日の記載がありません。従業員数の時点が書かれている事例(2022年2月末〜2023年5月)から、編集部は2022〜2023年ごろの取材と推定しています。いずれも告示51号(2026年2月)より前、法律で義務づけられる前の取組です。

方針は、2026年9月28日に編集部が各社のサイトで本文を確かめた5件です。東京都の支援ナビが策定例に挙げている4件のうち、JR東日本グループと髙島屋グループの方針は本文を確認できなかったため扱っていません(東京都の策定例の一覧から各社のページを確認できます)。報道記事は使っていません。どの会社の取組や方針も、優劣を評価するものではありません。

「どこからがカスハラか」という行為の事例は、カスハラ事例集で公的資料の場面と裁判例をもとに整理しています。

行政が紹介した8件の取組

ヤマト運輸(運送業、約18万人)

コールセンターに同じ顧客から繰り返し暴言があり、対応したオペレーターが約1か月、業務に戻れなくなったことがきっかけです。オペレーター向けのアンケートでは約8割がカスハラと思われる被害に遭っていたことが分かりました。2020年10月には弁護士に相談してマニュアルを作り、一度でもあればカスハラと判断する発言と、繰り返されたら判断する発言を分けた「カスハラ発言リスト」と、伝え方の「文言集」を載せています。相談は24時間受け付ける部署が受け、対応後はレポートを社内のデータベースに登録して、全国のコールセンターで共有しています(事例1)。

フリー(IT・サービス業、1,083名)

2022年の夏、サポートデスクが脅迫と取れる発言を含む40分以上のクレームを受けたことが契機です。サポートデスクの担当者が法務部に相談し、上司と法務部を加えた5名のプロジェクトで、アンケート、厚生労働省マニュアルの読み込み、経営層への提言と進めました。アンケートでは「カスハラ」という言葉を使わず「対応して傷ついた対応履歴」を聞き、カスハラに当たらないのに当たると受け取ってしまう例も拾えるようにしています。立ち上げから約6か月で「カスタマーハラスメントに対するfreeeの考え方」を公開し、社内向けには判断基準と事例集を載せたガイドラインを作りました(事例2)。

社内から出た「何もかもカスハラにしてしまうのでは」という懸念には、カスハラとクレームの判断基準を言葉にして書き起こすことで対応しています。被害を受けた人への状況確認は、本人に直接聞かず、状況を把握している現場の管理職に確かめる形にしています。

A病院(医療・福祉、約1,000名)

平成29年から、患者やその家族による迷惑行為への対応方針をホームページで公開してきた病院です。2023年4月に、患者向けだった相談室を患者と従業員の相談窓口として統合しました。相談室が週1回程度現場を回り、月1回の検討会で介入の要否を決め、患者側と職員側の双方から事実を確かめています。これまでペイシェントハラスメントに当たる事例はなく、接遇や説明不足が原因と分かって説明や接遇を見直した例が多いと述べています(事例3)。

イトーヨーカ堂(小売業、26,083人)

加盟する労働組合からの求めもあり、「お客様の声に何でも答える」だけでは従業員を守れないと考えて始めた取組です。労働組合(UAゼンセン)のガイドラインを参考に方針を定め、約130店舗に厚生労働省のマニュアル等を配りました。従業員向けのマニュアルには、要求の内容や態度が社会通念に照らして著しく不相応な行為が2回以上あった場合に、内容・頻度・対応時間を踏まえて判断できる基準を載せ、研修は店長や売り場責任者など階層別に行っています。刑法に触れるような行為は警察に相談し、出入禁止を通告することもあります(事例4)。

グループで情報交換をしながらも、判断基準や対応方法は業種・業態で異なるため、具体的な方針はグループで統一せず各社で決めた方がよい、と考えていることも述べています。

イオン同友店会(小売業・飲食業・サービス業等、出店企業の従業員約30万人)

イオングループ企業が運営する商業施設への出店者を会員とする組織で、会員からの要望で始めた取組です。出店店舗の従業員向けに、約5〜6分の研修動画を4本作りました。定義とクレームとの違い、カスハラに発展させない初期対応の流れ、ロールプレイ、弁護士による事例紹介の4部構成で、視聴後は習熟度テストやロールプレイを推奨しています(事例5)。

日本航空(運送事業、グループ36,039人)

令和2年の告示で、顧客等からの著しい迷惑行為への対応が事業主の望ましい取組として示されたことが、本格的な取組のきっかけです。全社的なアンケートで実態を確かめ、社内の分科会が判断基準を作り、既存のマニュアルに追記する形で社内規程にしました。現場では複数人で判断して口頭で伝え、改善が難しければ本社と連携し、悪質な場合や繰り返される場合は書面で通知することもあります。業界団体を通じて他社と情報交換し、足並みを揃えて方針を発信したと述べています(事例6)。

タリーズコーヒージャパン(飲食・サービス業、959人)

店舗スタッフが名札の名前からSNSで検索され、つきまとわれたことがきっかけです。数か月の検討のうえ、働いているスタッフから挙がっていた案を採り、名札をイニシャル表記に変え、レシートの担当者欄も社員番号にしました。悪質なクレームは本社の相談室、店舗、エリアの営業担当の三者で事実を確かめて対応を決めます。取組後、従業員へのつきまとい被害はほぼなくなったと述べています(事例7)。

全日本空輸(航空業、12,854名)

2023年度の社内報告の件数と内容をまとめ、厚生労働省のマニュアルをもとに「航空業界におけるカスタマーハラスメント行為例(9つの行為例)」を定めました。行為例と対応方法を載せた社内ガイドラインで全社員に教育し、お客様対応の主管部署に現場向けの相談窓口を置いています。JALグループと合同で基本方針を対外的に発表し、社内からは「後ろ盾ができた」という反響があり、報告する意識も高まったと述べています(東京都 企業の取組事例)。

8件に共通する進め方

8件の取組を、告示51号の措置に当てはめると次のとおりです(編集部の整理)。カスハラ対策は2026年10月1日から事業主の義務になっており(厚生労働省 特設ページ)、告示51号の4は講じなければならない措置、6は望ましい取組を定めています。

取組 行っていた事例 告示51号での位置
アンケートや報告の集計で被害の実態を確かめる ヤマト運輸、フリー、日本航空、全日本空輸 6⑵ 望ましい(4の措置の運用状況をアンケート調査等で把握、p.28)
判断基準や行為例を決め、社内に示す ヤマト運輸、フリー、イトーヨーカ堂、日本航空、全日本空輸 4⑴ロ 義務(カスハラの内容と対処の内容を労働者に周知、p.13)
相談先を決める ヤマト運輸、フリー、A病院、全日本空輸 4⑵イ 義務(相談窓口を定め労働者に周知、p.16)
研修で伝える ヤマト運輸、イトーヨーカ堂、イオン同友店会、日本航空、A病院、全日本空輸 4⑴イ 義務の方針の周知を、研修等で行う例(p.13)
悪質なものへの対処(警察、出入禁止、書面) イトーヨーカ堂、日本航空、タリーズ 4⑷ 義務(対処の方針を定めて周知し、体制を整える、p.22〜23)
事実確認と記録の共有 ヤマト運輸、A病院、タリーズ 4⑶イ 義務(事実関係の確認、p.18)。記録の共有は4⑶ハで「考えられる」(p.20)
原因を直す・同じことを繰り返さない A病院(接遇・説明)、タリーズ(名札・レシート) 4⑶ハ 義務(再発防止に向けた措置、p.20〜22)
複数の事業主で一緒に取り組む 日本航空・全日本空輸、イオン同友店会 6⑶ 望ましい取組の中で「考えられる」(p.28〜29)
方針を社外に公開する フリー、A病院、日本航空・全日本空輸 4⑴イ 義務ではなく「効果的」(p.13)

8件のうち4件は、方針を書くより先に、アンケートや報告の集計で社内で何が起きているかを確かめています。日本航空は既存のマニュアルに追記する形で社内規程にし、ヤマト運輸は従業員からの相談を24時間受け付ける部署を中心に進め、フリーは5名のプロジェクトから始めて約6か月で社外公開まで進めました。社内の実態の調べ方はハラスメント社内アンケートの作り方、判断基準と対処の内容のまとめ方はカスハラ対応マニュアルの作り方、相談先はカスハラ相談窓口の作り方で扱っています。

8件は告示51号の措置に合わせて紹介されたものではないので、そのまま真似れば義務を満たせるわけではありません。たとえば方針と対処の内容は、顧客対応のない部署を含む全労働者に周知する必要があります(解釈事項 問8・更問、印字p.12〜13)。

各社が公開している方針5件

方針を公開している会社の文書を、書かれている項目で並べました。対象は、NTTドコモグループ「カスタマーハラスメントに対する基本方針」、損保ジャパン「カスタマーハラスメントに対する方針」、イトーヨーカ堂「カスタマーハラスメントにおける対応指針」、タリーズコーヒー「カスタマーハラスメントに対する行動方針について」、freee「カスタマーハラスメントに対するfreeeの考え方」です(2026年9月28日確認)。

公開文に書かれている項目 書いている方針 告示51号との関係
カスハラの定義 5件すべて(損保ジャパン以外の4件は厚生労働省のマニュアルに基づくと明記) 4⑴ロ カスハラの内容の周知は義務(労働者向け)
行為の例と、例示であって限られない旨 5件すべて 同上
対応やサービスの提供を断ることがある NTTドコモグループ、イトーヨーカ堂、タリーズ、freee 4⑷ 対処の例に「法令の制限内において」販売・提供をしないこと
悪質なときは警察・弁護士等と連携する NTTドコモグループ、損保ジャパン、イトーヨーカ堂、タリーズ(freeeは社内対応として「外部専門機関への相談」) 4⑷ 対処の例に警察への通報
従業員への研修 NTTドコモグループ、損保ジャパン、イトーヨーカ堂、タリーズ 4⑴イ 方針を研修等で周知する例
相談・報告の体制 損保ジャパン、イトーヨーカ堂、タリーズ、freee 4⑵ 相談体制の整備は義務
被害を受けた従業員のケア NTTドコモグループ、イトーヨーカ堂、freee 4⑶ロ 被害者への配慮は義務
自社の従業員が他社の従業員にカスハラをしない旨 5件とも、確認したページには見当たらない 6⑷ 併せて示すことが望ましい(p.29)

NTTドコモグループ、損保ジャパン、イトーヨーカ堂、タリーズの4件は、はじめに顧客の声に向き合う姿勢を書き、そのうえでカスハラには毅然と対応すると続けています。NTTドコモグループとタリーズの方針の最後は、お客さまへの理解と協力のお願いです。イトーヨーカ堂の指針には、附則に令和7年1月13日の施行、続けて令和7年9月1日の改定が記されています。

公開文にない項目は、その会社が取り組んでいないという意味ではありません。自社の従業員向けの方針や、悪質なものへの対処の手順が社内の文書に書かれていても、社外に公開されたページからは見えません。社外向けの方針は、社内の措置が実施されていることを示すものではなく、実施されていないことを示すものでもありません。

公開方針を参考にするときの注意

公開は義務ではなく、効果的とされているものです。 告示51号が義務とするのは、「毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針」を明確にして、管理監督者を含む労働者に周知・啓発することです(告示51号 4⑴イ、p.12〜13)。顧客等に周知することは被害の防止に効果的とされていますが、解釈事項は義務付けていないと答えています(問7、印字p.11)。

社内向けの部分は、公開文を写しても埋まりません。 カスハラの内容と対処の内容の周知(4⑴ロ)、特に悪質なものへの対処の方針と、それを実行できる体制(4⑷)は、従業員に向けて用意するものです。悪質なものへの方針は別の文書にする必要はなく、対処の内容と一緒に周知できます(解釈事項 問16、印字p.21)。

書いた対処は、判断の手順とセットで持ちます。 出入り禁止を方針に定めても、悪質な行為のたびに必ず出入り禁止にしなければならないわけではなく、整えた体制のもとで方針に基づいて判断することが求められます(解釈事項 問15、印字p.20)。公開文の「お断りする場合があります」も、誰がどう判断するかを社内で決めておいて初めて使える一文です。

グループの方針は、自社に当てはまるかを確かめます。 公開方針には「NTTドコモグループ」のようにグループの名前で出ているものがあり、どの会社に適用されるかは各社の表示で確かめる必要があります。イトーヨーカ堂は、判断基準や対応方法は業種・業態で異なるため、具体的な方針は各社で決めた方がよいという考えを示しています(事例4)。

自社の方針を書くときの出発点に向いているのは、他社の文面より、厚生労働省と東京都が公開している例文です。例文の所在と、方針に必ず入れる内容はカスハラ基本方針の例文・テンプレートで整理しています。義務の全体像はカスハラ対策の義務化、告示の項ごとの読み方は告示51号の解説にあります。

ハラスメント対策室でできること

ハラスメント対策室の「法令対応」画面では、基本方針について、既存の方針の登録、標準版の採用、足りない項目だけを標準版で補う方法から選べます。足りない項目を補っても、登録した既存の方針は置き換わりません。周知は、アプリ内で在籍者に配るか、紙や朝礼で配った記録を残す形で行い、基本方針はログイン不要のページで社外へ公開することもできます。画面の記録は、法令上の義務を果たしたかどうかの判断ではありません(ヘルプ「法令対応(方針・周知・記録)」)。

従業員向けの研修は8編あり、確認テストと受講記録が残ります。ログインせずに見られるのは、サンプルとして公開している共通編の冒頭です。従業員からの相談は、本人が共有を選ぶまで会社に届きません。内容を整理するのは自動化された仕組み(AI)で、判断と対応は会社の担当者が行います。

よくある質問

カスハラの方針を自社サイトで公開しないといけませんか

義務ではありません。告示51号は、方針を労働者に周知することを義務とし、顧客等への周知は被害の防止に効果的としています(4⑴イ、解釈事項 問7)。東京都は、基本方針を就業者と外部に周知することを事業者の取組として示しています(TOKYOノーカスハラ支援ナビ)。都内の事業者は東京都カスハラ防止条例と国の法律の違いも確認してください。

他社の公開方針をそのまま使ってもよいですか

他社の方針は、その会社の業種や体制に合わせて書かれています。「お断りする」「警察と連携する」といった対応を書くなら、自社で誰がどう判断し、実行できるかを先に決める必要があります(告示51号 4⑷)。文面は公的な例文を出発点にし、他社の方針は項目の立て方の参考にとどめるのが、編集部のすすめです。

中小企業の事例はありますか

行政が紹介した8件は、従業員数が900人を超える会社・病院と、出店者を会員とする団体の取組で、小規模な会社の例は含まれていません。小規模な会社で措置をどう回すかは中小企業のカスハラ対策で扱っています。スーパーマーケット業の企業事例は、厚生労働省の業種別マニュアルをもとに小売業のカスハラ対策で紹介しています。

次の一手

  1. 自社で起きていることを確かめる(アンケートや対応記録の集計)
  2. 判断基準・対処の内容・悪質なものへの方針を決め、全従業員に周知する
  3. 相談先と、事実確認から再発防止までの手順を決める
  4. 社外に公開するかどうかは、その後に決める

方針のほかに、相談窓口や対処の内容まで含めて自社がどこまで整っているかは、無料の対応状況チェックで確かめられます。登録は不要で、回答は送信されません。

出典

自社に残っている対策と、それぞれの進め方を出す

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