2026年10月1日から、小売業を含むすべての事業主に、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置が義務になりました(労働施策総合推進法第33条第1項、令和8年厚生労働省告示第51号)。店頭・レジ・返品・電話などの場面ごとの対応例は、業界団体や労働組合と検討した内容として、厚生労働省の業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット業編)にまとめられています。ただし、業界のマニュアルを配るだけでは、方針と対処の内容を周知する措置を果たしたことにはなりません。業界のマニュアルを参考に自社の実情に合わせて方針と対処の内容を定め(返品の基準や報告先など)、従業員に周知する必要があります。
この記事で整理するのは、小売の本部が店舗向けに決めることのうち、場面別の対応例と本部・店舗の分担です。義務になる措置の全体はカスハラ対策の義務化で、業種を問わない現場の初動はカスハラが発生したら?初動対応で扱っています。
小売業で押さえておく前提
告示が定める措置は、業種や規模で変わりません。そのうえで、小売で特に関わりの大きい点が3つあります。
- 店頭だけではない。 カスハラには、店舗等での対面のものに加えて、電話やSNS等のインターネット上のものも含まれます(告示2(1)、p.3)。
- アルバイト・パートを含む全員が対象。 告示の「労働者」は、パートタイム労働者や契約社員を含む、雇用する労働者の全てです。派遣社員を受け入れている会社は、派遣先としても自社の従業員と同様に措置を講じる必要があります(告示2(3)、p.3〜4)。
- 1人で店を回す時間がある。 従業員が1名の店舗について、厚生労働省の解釈事項は、十分に説明してもなお要求が続くときは一定時間の経過で退店を求める・電話を切る、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する、本社・本部に情報共有して指示を仰ぐ、といった対処の内容を例に挙げています(問14、p.19)。
数字で見ると、厚生労働省の令和5年度の実態調査では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為を受けた労働者の割合は「卸売業、小売業」で16.0%で、業種別の上位3つに入っています(調査結果の概要 p.13。卸売業を含む数字です)。スーパー編の実態把握調査では、カスハラが起きたときの顧客対応を「社内で統一のルール等はなく、現場で個別に対応している」と答えた企業が58.4%、取組の課題に「正当なクレームと区別する明確な判断基準を設けることが難しい」を挙げた企業が77.2%でした(p.11)。この調査はスーパーマーケット業を中心に営む企業が対象で、回収率は10.9%(107件)です(p.8)。
業界マニュアルは自社の方針を作るときの参考。配るだけでは足りない
スーパー編は、厚生労働省の委託事業で、スーパーマーケット業の業界団体、労働組合、有識者らの検討委員会が2025年3月に作成したものです(p.26)。業界の実態調査と企業へのヒアリングをもとに、業界共通の方針、代表的な行為、行為ごとの対応方法、企業の取組事例を載せています。告示51号より前の資料なので、義務の中身は告示で確かめます。2026年9月28日時点で、厚生労働省の業種別マニュアルのうち小売にあたるのはスーパー編で、ほかは宅配業編です(業種別カスタマーハラスメント対策の取組支援)。
解釈事項は、業界マニュアルの扱いを次のように示しています(問20の更問、p.26)。
- 業界団体が作成した業種別マニュアルを配布するだけでは、方針の明確化と周知(告示4(1)イ)や、対処の内容の周知(4(1)ロ)の措置を果たしたことにはならない
- 業界マニュアルを参考に、自社の実情に応じた調整をして方針と対処の内容を定め、周知すれば、これらの措置を果たしたことになる
- 自社の方針等を周知するときに、あわせて業界マニュアルを配布するのは効果的と考えられる
同じ業種の複数の事業主が一体となって対処のマニュアルを作った場合、その策定に参画した事業主が、自社の事業場でそのマニュアルに従って運用するものとして労働者に周知すれば4(1)ロの措置を果たしたことになり、参画していない事業主が周知しただけでは果たしたことにならない、ともされています(問20、p.25)。自社の対処の内容を文書にする手順は、カスハラ対応マニュアルの作り方で扱っています。
小売の場面別:公的資料の対応例と、自社で決めること
次の表は、スーパー編に載っている行為と対応例を中心に、告示と厚生労働省の企業マニュアル(令和8年度改訂版)を加えて、場面ごとに並べたものです。右の列は、その対応例を自社で使うために決めておく点で、編集部の整理です。スーパー編の対応例は、業界団体と労働組合が検討したもので、明らかな暴力行為等を除き、状況を正確に把握したうえで、単独ではなく複数人で客観的に判断するよう、あわせて書かれています(p.15)。
| 場面 | 公的資料の対応例 | 自社で決めること |
|---|---|---|
| 返品・交換・金銭の要求(レシートがなく販売の事実を確認できない等) | 理由を十分確認して判断し、正当でなければ毅然と対応する。店側に不備があっても、非が認められる範囲に限定して謝罪する(スーパー編 p.15) | 返品・交換の基準、例外を認められる人、断る言い方 |
| レジでの逆上・脅し(未精算の商品を指摘したとき等) | 中傷や暴言には、問いかけや自分の気持ちを率直に伝える。脅迫など犯罪に該当し得る言動は警察へ通報(スーパー編 p.15、告示 p.15) | レジを離れて応援を呼ぶ合図、通報を判断する人 |
| 店内で怒鳴る・命令口調で責める | 「それは、私に対して言っていますか。」と問いかける、「そのように怒鳴られると怖いです。」と気持ちを伝え、冷静になってもらう(スーパー編 p.15) | 一人で対応させない仕組み(呼び出し方と駆けつける人) |
| 同じ内容で何度も来店・電話する | 連絡先を確認し、不合理な問合せが2回きたら注意、3回目には対応できない旨を伝える。続けば記録して窓口を一本化し、管理職が引き継ぐ(スーパー編 p.15) | 回数の数え方と記録の場所、引き継ぐ管理職 |
| 居座り・長電話 | 主張を確認して十分に説明したうえで、なお続く場合はその時点から30分程度を目安にお引き取りいただく(スーパー編 p.16) | 何分で区切るか、区切る判断をする人 |
| 従業員個人への要求・つきまとい(個人情報、勤務日、待ち伏せ) | 個人情報を聞かれたら「会社の規則で業務と関係ないことは話してはいけないことになっておりますので申し上げられません。」と伝える(スーパー編 p.16)。つきまといや待ち伏せには、施設への出入り禁止を伝え、繰り返すなら弁護士への相談や警察への通報等を検討する(企業マニュアル p.29) | 個人情報を答えない決まり、シフトや持ち場の変更、警察への相談の窓口 |
| SNSへの投稿・撮影 | 処罰を望むなら警察、損害賠償は弁護士に相談し発信者情報の開示を受けて請求、削除は法務局等に相談(企業マニュアル p.29) | 投稿や撮影を知ったときの報告先、本部で対応する部署 |
| 暴力・物を壊す | 対応者・他の従業員・顧客等を行為者から離し、警備員等と複数名で対応し、状況に応じて警察へ通報(スーパー編 p.16) | 警備員や近隣店舗との連携、通報をためらわない周知 |
表の対応例を使うときに、あわせて押さえておく点です。
返品や交換の申出そのものは、正当なことがあります。 スーパー編は、購入した商品に瑕疵がある場合、謝罪とともに交換・返金に応じるのは妥当だとしています(p.6)。障害者が不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を求める意思を表明すること自体はカスハラに当たらない、と告示は明記しています(p.3)。判断の考え方は正当なクレームとカスハラの違いで扱っています。
30分は、説明を尽くしたあとの目安です。 スーパー編は、傾聴して十分な説明をしていることが前提で、単に30分が過ぎたことだけで判断しないよう注意しています(p.16)。企業マニュアルも、対応時間は一例で、業種・業態を踏まえて各企業で決めるものとしています(p.30)。
撮影や投稿も、告示の例に入っています。 告示は、SNS等への悪評の投稿をほのめかして脅すこと、労働者のプライバシーに係る情報をSNS等へ投稿すること、盗撮や無断での撮影を、社会通念上許容される範囲を超えた言動の例に挙げています(p.7〜8)。ただし店内での無断撮影がすべて直ちにカスハラになるわけではなく、撮影をやめるよう言われたのに撮り続ける等の行為を想定した例です(解釈事項 問5、p.9)。東京都の指針は、従業員の顔や名札等を撮影した画像を本人の許諾なくSNS等で公開することを例に挙げています(p.10)。
出入り禁止は、方針に沿って判断します。 告示は、特に悪質なものへの対処の例として、警告文の発出、法令の制限内で商品の販売等をしないこと、店舗への出入りの禁止などを挙げ、各業法等の定めなど業種・業態で必要な対応が違うことに留意するよう求めています(4(4)、p.22〜23)。出入り禁止を方針に定めても、該当する事案で必ず出入り禁止にしなければならないわけではなく、方針に基づいて講じるかどうかを判断します(解釈事項 問15、p.20)。東京都の指針は、恣意的で正当な理由のない退去要請や出入り禁止がないよう十分留意するよう求めています(p.17、p.25)。
スーパー編には、各行為の具体例として企業へのヒアリングで挙がったものが載っています(p.14)。公的資料に出てくる場面と裁判例はカスハラ事例集で整理しています。
本部が決めること、店舗で回すこと
多店舗の小売では、同じルールを本部が決め、店舗が毎日回します。スーパー編は、基準が明確であれば店舗ごと・従業員ごとの対応のばらつきを抑えられるとしています(p.19)。次の表は、告示の措置とスーパー編の企業事例をもとにした分担の一例です(編集部の整理)。
| 決めること | 本部が決めて配る | 店舗で回す |
|---|---|---|
| 方針と判断基準 | 方針、カスハラの判断基準と自社の店舗で起きた具体例(スーパー編 p.17、p.22) | 従業員の目に留まる場所への掲示 |
| その場の対応 | 場面別の対応例、打ち切りの時間、通報の基準(告示 p.14〜15) | 一人で対応させない呼び出しと、複数名での対応 |
| 報告と相談 | 報告の方法と相談の流れ。例:一次対応者→店舗責任者→店舗運営部→本社総務部(スーパー編 p.18) | その日のうちの報告、店長自身が当事者のときの本社への経路 |
| カスハラかどうかの判断 | 店舗で判断に迷うときに判断を仰ぐ本社の部署(スーパー編 p.20) | 複数名で確認し、店長(不在時は副店長)が判断する(スーパー編 p.20) |
| 被害を受けた従業員への配慮 | 健康相談等の窓口、配置やシフトを変える権限 | 行為者から引き離し、管理職が対応を代わる(スーパー編 p.21) |
| 特に悪質なもの | 警察への通報・警告文・出入り禁止などの対処の方針と、それを行う体制(告示 p.22〜23) | 本部への即時の連絡 |
スーパー編の企業事例には、店舗の従業員向けポスターに報告フォームへの二次元コードを載せてスマートフォンから報告できるようにしている例、一次対応者が行為者と1対1にならないよう暗号を用いた館内放送で他の従業員や店長を呼ぶ例、レジ周りに管理者へ知らせる通知ボタンの導入を検討している例があります(p.17〜18)。対応者が話を中断して上長に相談しにくい場面を想定した工夫です。スーパー編は、対応者が孤立しないような工夫が望まれるとしています(p.18)。
相談の担当者には、労働者の上司に当たる管理監督者等を定めることも考えられる、と告示は述べています(4(2)、p.16)。店長が窓口を担う場合、店長が当事者のときや不在のときの経路も決めておきます。窓口と報告経路の組み方はカスハラ相談窓口の作り方で、報告を受けたあとの事実確認から再発防止まではカスハラ対応フロー図で扱っています。
スーパー編は、未成年や学生のアルバイトが被害を受けたときは特に丁寧な対応が求められるとして、シフト時間や役割、場合によっては勤務する店舗の変更も考えられ、保護者に連絡を入れることが望ましいと述べています(p.21)。