カスハラ研修そのものは、2026年10月1日から事業主に義務付けられた10の措置の項目には入っていません。研修に関わって義務になったのは、自社の方針と、あらかじめ定めた対処の内容を、管理監督者を含む全ての労働者に周知・啓発することです。研修は、その方法として指針が挙げる例の一つです。この義務とは別に、法律は「研修の実施その他の必要な配慮」を事業主の努力義務として定めており、接客や苦情対応の研修は指針の「望ましい取組」に位置づけられています。
根拠は、改正後の労働施策総合推進法(以下「法」)、厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号。以下「指針」)、解釈Q&A(令和8年4月24日、9月30日改訂)です。いずれも2026年10月1日から適用されています。この記事の内容を確認した2026年9月24日の時点では、まだ施行前でした。
研修は3つの層に出てくる
「研修は義務か」という問いに一言で答えにくいのは、研修が法令と指針の3か所に、それぞれ違う扱いで出てくるからです。
| 層 | 根拠 | 研修の扱い |
|---|---|---|
| 義務を果たす方法の例 | 法33条1項、指針4(1)イ②・ロ③ほか | 方針と対処の内容を全労働者に周知・啓発する手段の一つ。社内報・パンフレット・社内ホームページ・マニュアルと並ぶ |
| 努力義務 | 法34条2項(指針3(1)が再掲) | 「研修の実施その他の必要な配慮」。カスハラへの関心と理解、他社の労働者への言動への注意 |
| 望ましい取組 | 指針6(1)イ・ロ | 接客・商品・サービス・苦情対応の研修、消費者の心理や障害特性についての研修 |
1つ目の層では、周知・啓発そのものが義務で、研修はその手段です。指針は同じ措置の例として、方針を社内報やパンフレット、社内ホームページに載せて配ること、対処の内容をマニュアルに記載して周知することも並べています(4(1)イ・ロ、p.13〜15)。研修を選ばない会社は、これらの方法で同じ周知・啓発を行うことになります。法34条2項の努力義務(2つ目の層)は、これとは別にかかります。
厚生労働省のリーフレット(詳細版)も、「必ず講じなければなりません」とする①〜⑩の措置に研修を挙げず、研修は事業主の責務の欄と望ましい取組の欄に書いています(p.2〜3)。
義務の本体は「周知・啓発」:10の措置のどこに研修が出てくるか
法33条1項は、カスハラから労働者を守るための雇用管理上の措置を事業主に義務付け、その中身を指針が定めています。指針4は「雇用管理上次の措置を講じなければならない」として10の措置を挙げ、措置ごとに「認められる例」を添えています(p.11〜25)。研修が例に出てくるのは、次の5か所です。番号はリーフレットの①〜⑩に合わせています。
| 措置(リーフレットの番号) | 研修が出る箇所 | 誰に |
|---|---|---|
| ① 方針の明確化と周知・啓発 | 4(1)イ 例②(p.13) | 管理監督者を含む全労働者 |
| ② カスハラの内容と対処の内容の周知 | 4(1)ロ 例③(p.15) | 管理監督者を含む全労働者 |
| ④ 相談窓口担当者が適切に対応できるように | 4(2)ロ 例③(p.17) | 相談窓口の担当者 |
| ⑦ 再発防止 | 4(3)ハ 例②(p.21) | 労働者(改めて実施) |
| ⑨ 相談者等のプライバシー保護 | 4(5)イ 例②(p.24) | 相談窓口の担当者 |
残りの③窓口の設置と周知、⑤事実確認、⑥被害者への配慮、⑧特に悪質なものへの対処、⑩不利益取扱いをしない旨の周知・啓発では、例に研修は出てきません。ただし⑧の例は、②の措置を実施する際に併せて、特に悪質と考えられるものへの対処の方針を定めて周知することを挙げています(4(4)、p.23)。②を研修で行うなら、その中で⑧の方針も一緒に伝える形が取れます。
⑦の再発防止では、カスハラが生じた事実を確認できなかった場合にも同様の措置を講ずるとされています(4(3)ハ、p.21)。事案の後に研修を改めて行う場面には、事実を確認できなかった事案も含まれます。
例の文言が、研修に載せる中身を示している
①の例②は、方針を周知・啓発するため「対処の内容と併せて研修、講習等を実施すること」、②の例③は「職場におけるカスタマーハラスメントの内容及び職場におけるカスタマーハラスメントへの対処の内容を労働者に対して周知するための研修、講習等」です(p.13・p.15)。方針、カスハラとは何か、自社の対処の内容の3つを1回の研修で扱えば、①と②の例の文言にそのまま沿います。
なお、指針の語は①が「周知・啓発」、②が「周知」で、書き分けられています。
対象は「雇用する労働者の全て」
指針の「労働者」は、パートタイム労働者や契約社員などを含む、事業主が雇用する労働者の全てです(2(3)、p.3〜4)。派遣労働者を受け入れている会社も、自社の労働者と同様に措置を講ずる必要があります(同、p.4)。
解釈Q&Aの問8は、顧客対応が発生しない部署の労働者にも「方針の周知や研修の実施が必要なのか」という問いに対し、所属部署や雇用形態を問わず、全ての労働者に方針を「周知・啓発する必要がある」と答えています(印字p.12)。更問は、対処の内容も社外の人と接する機会の有無を問わず全員に周知する必要があるとしています(p.13)。全員に求められているのは周知・啓発で、その方法を研修に限る書き方はされていません。
方針を顧客等にまで周知することは義務ではありませんが、効果的と考えられるとされています(問7、p.11)。
義務とは別に研修を求める規定:努力義務と望ましい取組
法34条2項の努力義務
法34条2項は、事業主に対し、カスハラの問題への労働者の関心と理解を深めるとともに、労働者が「他の事業主が雇用する労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をする」よう努めることを求めています。指針3(1)も同じ内容を再掲しています(p.10)。
措置義務の周知・啓発が自社の労働者を守るためのものであるのに対し、この努力義務は、自社の労働者が取引先など他社の労働者に対して加害者にならないための注意まで含みます。指針も望ましい取組として、方針を明確にする際に、他社の労働者への言動についてカスハラを行ってはならない旨を併せて示すことを挙げています(6(4)、p.29)。事業主(法人は役員)自身と労働者にも、関心と理解を深め注意を払う努力義務があります(法34条3項・4項)。
同じ形の「研修の実施その他の必要な配慮」の努力義務は、パワハラについても法32条2項に定められています。
指針6の望ましい取組
指針6は、4の措置に加えて行うことが「望ましい」取組として、接客・商品やサービス・苦情対応についての研修(6(1)イ)と、消費者の心理や障害特性等についての資料配布や研修(6(1)ロ)を挙げています(p.27〜28)。解釈Q&Aの問6も同じ取組を「行うことが望ましい」としています(印字p.10)。
指針はこの取組の前提として、顧客等からの正当な申入れはカスハラに当たらず、労働者がそれを踏まえて真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要だとしています(6(1)、p.27)。努力義務(法34条2項)と望ましい取組(指針6)は根拠も中身も別ですが、同じものとして扱われやすいので注意が必要です。
行政の対応との関係
法42条2項が勧告に従わない場合の公表の対象として挙げるのは、33条1項・2項などの違反で、34条は含まれていません。一方で、42条1項の助言・指導・勧告は「この法律の施行に関し必要があると認めるとき」とされ、対象の条文を限っていません。
研修で「周知・啓発した」と言えるか:5つの点検
研修で①②の措置を行う場合に、指針と解釈Q&Aの文言から確かめておきたい点です。
- 自社の方針が入っているか:カスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針です(4(1)イ)。指針はトップメッセージとして発信することも考えられるとしています(p.13)
- 自社があらかじめ定めた対処の内容が入っているか:指針が挙げる対処の例(管理監督者への報告、一人で対応させない、録音・録画など)は限定列挙ではなく、各事業主が実態に応じて定めるものです(4(1)ロ、p.14〜15)。まだ定めていなければ、研修の準備より先に対処の内容を決めます
- カスハラの内容が入っているか:何がカスハラに当たるかの周知も②の措置の一部です(4(1)ロ)。自社で発生しやすい例や、商品・サービス・接客の問題が原因や背景になり得ることを併せて周知することも考えられるとされています(p.14)
- 管理監督者を含む全ての労働者に届いているか:顧客対応のない部署、雇用形態を問わず全員です(2(3)、問8・更問)。厚生労働省の企業マニュアルは、中途入社の従業員やパート・アルバイト等にも入社時に研修や説明を行うよう勧めています(印字p.34)
- 外部の汎用教材を流すだけになっていないか:解釈Q&Aは、業界団体が作成したマニュアルを配布するだけでは①②の措置義務を果たしたことにならず、参考にして自社の実情に応じて調整し、方針と対処の内容を定めて周知すれば果たしたことになるとしています(問20更問、印字p.26)。研修教材について直接答えた問答はありませんが、自社の方針と対処の内容が入っていない汎用の研修動画にも、同じ考え方が当てはまると考えられます
5つ目の問答は、自社のものと併せて業界団体のマニュアルを配布することは「効果的」とも書いています(同)。外部の教材は、自社の方針と対処の内容に添えて使うのが、この問答に沿った使い方です。
回数・時間・形式
指針と解釈Q&Aには、研修の回数、時間、形式の定めはありません。指針の例も「研修、講習等」と書くだけです。
企業マニュアルは、研修等は全員が受講し、かつ定期的に実施することが重要だとしています(印字p.34)。東京都の指針も、研修は可能な限り就業者全員が受講できるようにし、定期的に実施することが望ましいとし、再発防止の場面ではeラーニングを活用した周知も有効としています(p.26)。いずれも推奨で、法令上の基準ではありません。
受講記録
受講記録を残すことは、法令や指針の要求ではありません。指針が記録に触れるのは、再発防止の措置で事案の内容や対応経緯を記録することで(4(3)ハ、p.20)、研修の受講記録のことではありません。それでも、点検4の「全員に届いた」を後から示す手段として、誰がいつ受けたかを残しておくと確認に使えます。