カスハラ対応マニュアルの役割は、どんな言動がカスハラに当たるかと、あらかじめ決めた対処の内容を従業員に知らせ、相談を受ける担当者の手順を決めておくことです。厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)も、この2つの場面でマニュアルを例に挙げています。
2026年10月1日から事業主に義務づけられているのは、告示51号の「4」に並ぶ10の措置です。マニュアルは、その中の3か所で、措置を講じていると「認められる例」の一つとして挙がっています。国の告示では、マニュアルは例の一つです。一方、東京都の事業者には、東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が「手引の作成」を努力義務として定めています(第14条第1項)。
そのため、書く項目は10の措置から逆算すると漏れが出にくくなります。ハラスメント対策室編集部の提案では、中心になるのは次の3つです。
- 現場で使う部分:カスハラの定義と判断の観点、初期対応の手順、報告先、対応を終える目安、警察への通報
- 相談を受ける人が使う部分:受け付ける範囲、聞き取りの留意点、事実確認の手順、プライバシーの取扱い
- 起きたあとの部分:被害を受けた従業員への配慮、再発防止(事実が確認できなかった場合を含む)
書き起こしには東京都が公開している無料のWordひな形を、照合には厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」を使い、できあがったら従業員全員に周知して記録を残します。どちらの資料も、それぞれの公式ページから入手します。
義務は10の措置、マニュアルはそれを満たす「例」の一つ
2026年10月1日から義務になったのは何か
法令の流れは3段です。
- 法律:改正後の労働施策総合推進法第33条第1項は、事業主に対し、顧客等の言動によって労働者の就業環境が害されることのないよう、相談に応じて適切に対応するための体制の整備、抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を「講じなければならない」と定めています(e-Gov法令検索。2026年9月24日時点では施行前の版として掲載)。同条第4項が、厚生労働大臣が指針を定める根拠です。
- 施行日:令和8年政令第17号が、改正法の施行期日を令和8年(2026年)10月1日と定めています。
- 指針:告示51号は令和8年2月26日に告示され、改正法の施行の日から適用されています。その「4」が「事業主は、(略)雇用管理上次の措置を講じなければならない」として措置を並べています(p.11)。
厚生労働省のリーフレットと企業マニュアルは、この措置を①〜⑩の10項目に整理しています。義務なのはこの10項目です。
研修は扱いが別です。法第34条第2項は、事業主が労働者の関心と理解を深め、他社の労働者への言動に注意を払うよう「研修の実施その他の必要な配慮」をするよう努めなければならないと定めています(努力義務)。告示では、研修は周知の手段の例としても挙がっています。
告示51号で「マニュアル」が出てくる3か所
告示51号の本文で「マニュアル」の語が出てくるのは、次の3か所です(2026年9月24日に告示PDFの全文で確認)。
- 4(1)ロ 認められる例②(p.15):管理監督者を含む労働者(現場)向け
- 告示の文言:「顧客等への対応に関するマニュアル等に、職場におけるカスタマーハラスメントの内容及び職場におけるカスタマーハラスメントへの対処の内容を記載し、労働者に対して周知すること」
- 厚労省マニュアル改訂版:4.2.2(p.22〜34)
- 4(2)ロ 認められる例②(p.17):相談窓口の担当者向け
- 告示の文言:「相談窓口の担当者が相談を受けた場合、あらかじめ作成した留意点などを記載したマニュアルに基づき対応すること」
- 厚労省マニュアル改訂版:4.3.2(p.36)、付録1チェックシート(p.51)
- 4(5)イ 認められる例①(p.24):相談窓口の担当者向け
- 告示の文言:「相談者等のプライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が相談を受けた際には、当該マニュアルに基づき対応するものとすること」
- 厚労省マニュアル改訂版:4.6.1(p.44)
3か所とも「認められる例」の一つで、同じ措置には別の例も並んでいます。4(1)ロなら「対処の内容を定めた規定と併せて周知する」「研修、講習等を実施する」、4(2)ロなら「関係部門と連携できる仕組み」「担当者への研修」、4(5)イなら「担当者への研修」「社内報等への掲載」です。マニュアルを作らない場合は、別の手段で同じ措置を満たします。
3か所のうち2か所は、相談窓口の担当者に向けたものです。現場の全員が読む部分と、相談を受ける人が使う部分は、中身も配る範囲も違います。
何をもとに作るか:無料の公的ひな形2つの使い分け
東京都のひな形で書き起こし、厚生労働省のマニュアルで照合します。
| 東京都 ひな形 | 厚労省 企業マニュアル(令和8年度改訂版) | |
|---|---|---|
| 発行 | 東京都 産業労働局(各団体共通マニュアルに付属) | 厚生労働省(委託事業の改訂検討委員会) |
| 日付 | 公表 2025年3月4日 | 令和8年9月(掲載ページは2026年9月8日更新) |
| 形式 | Word。各節に「<適宜修正してください>」、時間・回数は空欄 | PDF 57ページ。措置ごとの解説・対応例・チェックシート |
| 告示51号との関係 | 告示より前の作成。告示への言及なし | 告示・改正法を反映。令和8年度内に再改訂予定 |
| 使い方 | 章立てと文を書き起こす土台 | 措置との対応と数字の出どころを確かめる根拠 |
東京都「カスタマーハラスメント対策マニュアル(ひな形)」:書き起こすもと
東京都産業労働局の「カスタマー・ハラスメント防止のための各団体共通マニュアル」のページに、「事業者マニュアルのひな形(Word形式)」が掲載されています(ファイル名 kasuharamanual_hinagata_20250304.docx)。各団体共通マニュアルは、業界団体が会員企業向けのマニュアルを作るための手引として、2025年3月4日に公表されたものです。
ひな形の目次は8章です。
- はじめに(背景・組織的な対応の必要性・マニュアルの位置づけ)
- カスタマーハラスメントの定義
- カスタマーハラスメントに対する基本方針
- 顧客対応の考え方(基本的な心構え・クレームの初期対応・顧客等の権利の尊重)
- カスタマーハラスメントへの対応(判断・対応の流れ・警察との連携・行為別の対応例)
- 社内体制(相談窓口の設置・再発防止の取組・研修の実施)
- 企業間取引でのハラスメントの禁止
- 参考資料(110番・#9110)
各節の末尾に「<適宜修正してください>」とあり、判断の目安になる時間や回数は「○○分」「○回」と空欄になっています。Wordなのでそのまま編集でき、章立てと文の骨格を手早く得られます。
注意点は日付です。ひな形は国の告示51号(2026年2月26日告示)より前に作られており、本文が参照しているのは東京都の条例・指針と、厚生労働省の企業マニュアルの以前の版です。告示51号への言及はありません(2026年9月24日にWord本文で確認)。書き起こしには使えますが、告示の措置と照らし合わせる作業が要ります。
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」:照合する根拠
厚生労働省の「職場におけるハラスメントの防止のために」のページに、「令和8年9月8日更新」として企業マニュアル(57ページのPDF)が掲載されています。
「はじめに」によると、この版は令和3年度に作成されたマニュアルを、法改正等の内容を反映して改訂したものです(令和8年9月)。令和8年度内に企業へのヒアリングを行い、その内容を追記して再改訂する予定とされています(p.2)。第4章が告示51号の措置①〜⑩を1つずつ取り上げ、措置の内容・実施例・対応例を解説しています(p.18〜46)。
措置ごとの解説と対応例の集まりなので、東京都のひな形で書いた章が告示のどの措置に対応しているか、数字や手順の出どころは何かを確かめる根拠として使います。
以前の版を前提にした解説も出回っているので、手元のPDFは表紙に「令和8年度改訂版」とあるかで確かめてください。厚生労働省の「あかるい職場応援団」の資料ダウンロードページでは、業種別マニュアルなどに「雇用管理上の措置を義務付ける法改正の成立前の内容となっておりますのでご留意ください」と注記されています。一方で、同じページで注記が付いた欄にある企業マニュアルのリンク先は、2026年9月24日時点では令和8年度改訂版でした。掲載場所や注記より、表紙の版表記で見分けるのが確実です。
既存のクレーム対応マニュアルに追記する道
すでにクレーム対応のマニュアルがある会社は、それに書き足せば十分です。厚労省マニュアルも、カスハラ対応と苦情対応とで体制を切り離す必要はなく、苦情対応の延長としてカスハラの相談に対応できるようにしておくと、既存の体制を活用でき負担が少ないとしています(p.30)。次の対応表で、足りない措置を確かめてください。
告示51号の10の措置と、マニュアルに書く項目
措置(義務)ごとに、マニュアルに書く項目をハラスメント対策室編集部の提案として並べました。各措置の内容、告示が挙げる例、厚労省マニュアルの該当頁は、後段の「資料:10の措置の内容と告示の例」にまとめています。告示の例は「こうしていれば措置を講じていると認められる」という例示で、列挙された例をすべて行う義務ではありません。
| 措置(義務)と告示の箇所 | マニュアルに書く項目(当社の提案) |
|---|---|
| ① 方針の明確化と周知・啓発(4(1)イ) | 方針の所在(本文は方針の文書に置き、マニュアルからは参照する) |
| ② カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容の周知(4(1)ロ) | 定義と判断の観点、初期対応の手順、報告先、複数対応、録音・録画の扱い、対応を終える目安、警察への通報、本社・本部と弁護士への連携 |
| ③ 相談窓口を定めて周知(4(2)イ) | 窓口の連絡先と相談の方法(窓口そのものは文書の外で用意する) |
| ④ 窓口の担当者が適切に対応できるようにする(4(2)ロ) | 受け付ける範囲、聞き取りの留意点、連携先 |
| ⑤ 事実関係の迅速・正確な確認(4(3)イ) | 確認の手順と担当者、取引先への協力依頼 |
| ⑥ 被害者への配慮の措置(4(3)ロ) | 取れる配慮の選択肢と、誰が決めるか |
| ⑦ 再発防止の措置(4(3)ハ) | 事実が確認できなかった場合も含む再周知の手順、記録と共有の範囲 |
| ⑧ 特に悪質なものへの対処方針の策定・周知と体制の整備(4(4)) | 何を悪質とみなすか、取りうる対処、判断する人、連携する部門 |
| ⑨ 相談者等のプライバシーの保護とその旨の周知(4(5)イ) | 情報に触れる人の範囲、共有先、保管の方法 |
| ⑩ 不利益取扱いをされない旨の定めと周知(4(5)ロ) | 相談を受けるときに相談者へ伝えること、定めの所在 |
章立てで気をつける4点
文書だけでは満たせない措置がある。 ③の相談窓口は、窓口を定めて従業員に知らせたことで満たされる措置です。マニュアルに書けるのは連絡先と相談の方法までで、窓口の用意は別の作業です。
「4」のただし書きは、定義・判断・対処の各章に関わる。 告示は、措置を講ずる際に、消費者法制の定める消費者の権利や、障害者差別解消法の不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務に留意し、国の対応指針等も参考に建設的対話を重ねるなど、事案に応じて対応するよう求めています。業法等でサービス提供の義務が定められている場合や、サービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合にも留意が必要です(p.11〜12)。これは11番目の措置ではなく、措置の講じ方への留意事項です。あわせて告示は、障害者が不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を求める意思を表明すること自体はカスハラに当たらないとしています(2(1)、p.2〜3)。
マニュアルに書く時間・回数は自社で決める。 厚労省マニュアルは、居座りなどの拘束的な言動について、膠着してから30分程度でお引き取りを願い、なお帰らなければ計1時間程度で退去を求める、という対応例を示しています。ただし、この時間は「あくまで一例」とされています。具体的な対応時間は業種・業態も踏まえて各企業で決めるべきとし、身の危険を感じたら定めた時間に達していなくてもためらわず通報するよう注意しています(p.29〜30)。
研修は努力義務で、周知の手段でもある。 法第34条第2項の研修は努力義務です。告示4(1)ロでは、研修・講習はカスハラの内容と対処の内容を周知する手段の例として挙がっています。マニュアルにも、この2つの位置づけのまま書くのが正確です。
方針・マニュアル・対処ルールの分担(1冊でもよい)
告示は、文書を何冊に分けるか、何と呼ぶかを定めていません。例として挙げる媒体も「マニュアル等」「規定」「社内報、パンフレット、社内ホームページ等」と幅があります。1冊にまとめても、分けてもかまいません。
分けるときの一例として、ハラスメント対策室の標準版での分担を示します(当社の整理で、法令上の区分ではありません)。
- 基本方針:①方針、⑨プライバシー保護、⑩不利益取扱いの禁止
- 対処ルール:②の対処の内容、⑧悪質な事案への対処
- 対応マニュアル:⑤事実確認、⑥被害者への配慮、⑦再発防止。見出しは「発生時の対応手順」「相談の受付と聞き取り」「事実確認」「被害を受けた従業員への配慮」「再発防止」の5節です
- 文書の外:③窓口の設置と周知、④担当者が対応できる体制
標準版の文面は、告示51号等に基づく標準のひな形として専門家の確認を経ていますが、「個社の就業規則、業法、事業実態その他の事情への適合は各社において確認する」ことが前提です。どのひな形を使う場合も、この確認は自社の仕事として残ります。
分けた場合は、どの措置をどの文書が受け持っているかを上の対応表の形で1枚残しておくと、改訂のときに抜けが見えます。
東京都ひな形をもとに作るときの照合点
2026年9月24日時点のWordファイルを通読し、告示51号と照らし合わせました。章番号はひな形のものです。
書き足す・差し替える点
ひな形に記載が見当たらない、足りない、または参照先が古い点です。
- 顧客等の権利・業法(告示4ただし書き):4章(3)に消費者の権利と、障害のある人への合理的配慮の記載がある。業法上のサービス提供義務やサービスの途絶による影響への言及は見当たらない。→ 業法の定めがある業種は、その留意点を足す。
- 録音・録画(4(1)ロ、4(3)イ):4章(2)に録音の記載がある(同意を得ない録音でも直ちに違法ではないとされる旨の注記つき)。告示は録音・録画に個人情報保護法等の遵守を添えている。→ その取扱いを書き足す。
- 本社・本部への共有(4(1)ロ):5章(2)の対応の流れは、一次対応者から現場監督者までの判断が中心。→ 拠点が複数ある会社は、本社・本部へ共有して指示を仰ぐ手順と報告事項を足す。
- 相談を受ける範囲(4(2)ロ):6章(1)に相談窓口・相談対応の手順・留意事項がある。6章(1)には、発生のおそれがある場合や該当するか微妙な場合も受け付ける旨の記載は見当たらない(「可能性がある場合」の報告・事実確認の手順は5章(2)①と7章(3)にある)。→ 受け付ける範囲を明記する。
- 事実が確認できなかった場合(4(3)ハ):6章(2)の再発防止は「発生後」の取組として書かれている。6章(1)ではカスハラではないと判断した場合は通常のクレーム対応とする。→ 事実が確認できなかった場合にも再周知等を行う手順を足す。
- 参照している資料:1章は東京都条例、6章は東京都の指針、7章は厚生労働省の企業マニュアル(令和4年2月公表と記載)を参照。→ 国の告示51号と、厚労省マニュアル令和8年度改訂版への参照に差し替えるか、併記する。東京都の奨励金に使う場合は、条例への言及を残して併記する(次の節)。
自社に合わせて決める・確かめる点
ひな形に記載があり、告示と照らして自社の内容を決める点です。
- 定義(2(1)):2章は「顧客等から従業員に対して行われる著しい迷惑行為であって、従業員の就業環境を害するもの」と定義。→ 告示の3要素(①顧客等の言動で、②業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③就業環境が害されるもの)と照らし、自社の定義を決める。
- 判断の観点(2(5)):5章(1)は①要求態様②要求内容③時間・回数・頻度に着目。→ 告示は「言動の内容」と「手段や態様」に着目し、一方のみが範囲を超える場合でも該当し得るとしている。この点が読み取れるか確かめる。
- 被害者への配慮(4(3)ロ):対応者の交代、引き離し、専門家への相談依頼の記載がある。→ 担当者の変更、配置転換など、自社で取れる選択肢を足すか確かめる。
- 悪質な事案(4(4)):3章の方針にサービス提供のお断りと警察・弁護士との連携、5章(3)に警察と連携する手順がある。→ 告示の例示(警告文、出入禁止、仮処分など)のうち自社の方針に入れるもの、判断する人、関係部門の連携体制を決めて書く。
- プライバシー(4(5)イ):6章(1)は「○○規程に基づき」秘密を守るとしている。→ 参照先の規程が実在するか確かめ、無ければ必要な事項をマニュアルに書く。
- 不利益取扱い(4(5)ロ):6章(1)と7章の方針に、相談等を理由に不利益な取扱いをしない旨がある。→ 定めを置く文書を決め、周知の対象に含める。
- 取引先との事実確認(4(3)イ・ハ):7章(3)に、取引先への協力依頼と、協力を求められた場合の対応がある。→ 自社の窓口・調査方法に合わせて空欄を埋める。
東京都の事業者には、国の措置とは別に東京都カスタマー・ハラスメント防止条例も関係します。条例は、事業者が指針に基づいて「カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成」などの措置を講ずるよう努めることを定め(第14条第1項)、就業者には作られた手引を守るよう努めることを定めています(同条第2項)。条例のそのほかの内容は本記事では扱っていません。