カスハラの記録として残すもの(事実・会社の対応・録音やメールなどの原資料)を、告示51号と厚生労働省の解釈事項・企業マニュアルの箇所つきで整理します。録音するときの個人情報保護法上の注意、誰が見られるか・いつまで残すか・どこへ渡すかといった保管と共有のルールまで、人事・法務担当者が社内ルールを決めるための記事です。
カスハラの記録として残すのは、何があったか(事実)、会社が何をしたか(対応)、そしてそれを裏づける原資料(録音・録画、メール、画面の保存など)の3つです。労働施策総合推進法と告示は記録の作成そのものを義務にしていませんが、2026年10月1日から義務になった事実確認や、特に悪質なものへの対処の判断は、記録を材料に進めることになります。録音は告示が挙げる対処の例の一つで、録ったものを事実確認に使うなら、個人情報保護法に沿って利用目的を特定し、通知または公表しておく必要があります。
この記事は、記録を「残す・保管する・共有する・使う」の順に、社内ルールとして決めることを整理したものです。1件の事案がどう進むかはカスハラ対応フロー図にまとめています。
記録の位置づけ:法律・告示は何を求めているか
2026年10月1日から、事業主はカスハラについて、相談に応じ適切に対応する体制の整備などの雇用管理上の措置を講じなければなりません(労働施策総合推進法33条1項)。措置の中身を定める告示51号(カスハラ防止指針)には、記録に関わる記述が次のように出てきます。法律の条文には、記録の作成や保存を定める規定はありません。
| 告示の箇所 |
書かれていること |
位置づけ |
| 4(1)ロ 対処の内容(p.14〜15) |
対処の内容の例の一つに「顧客等とのやり取りを録音・録画すること」。個人情報保護法等を遵守する |
例(限定列挙ではない)。対処の内容を定めて周知すること自体は義務 |
| 4(3)イ 事実確認(p.18) |
必要に応じて周囲の労働者から聴いたり、録音・録画等の客観的な証拠を確認したりする |
事実確認は義務。証拠の確認は「認められる例」 |
| 4(3)ハ 再発防止(p.20) |
事案の内容や対応経緯を記録し、個人情報の取扱いに留意して関係部門に共有し、再発防止に活用する |
「考えられる」取組。再発防止の措置自体は義務 |
| 4(5)イ プライバシー(p.23〜24) |
相談者等の情報はプライバシーに属するので、保護に必要な措置を講じ、その旨を周知する |
義務 |
録音・録画は、告示が示す例の一つです。例は「限定列挙ではなく」、各事業主が実態に応じて対処の内容を定めることとされています(4(1)ロ、p.14)。録音の設備がない職場では、ほかの方法で事実を確かめる手順を決めておきます。
何を残すか:事実・対応・原資料の3つ
厚生労働省の企業マニュアルは、カスハラが疑われる場合に「録音・録画・対応記録・時間の計測など、第三者が検証可能な証拠を収集」するとしています(p.25)。これを3つに分けると、社内の様式を作りやすくなります。
1. 事実(何があったか)
- 日時、場所、経路(対面・電話・メールなど)、対応した従業員
- 顧客等が求めていること(企業マニュアルの整理フローは、時系列の事実関係の次に「顧客等の求めている内容」を把握するとしています。p.37)
- 顧客等の言動。要約ではなく、言われた言葉をそのまま書く
- 続いた時間と回数。何分対応したか、同じ要求が何回あったか(時間の計測はp.25)
- その場にいた人
2. 対応(会社が何をしたか)
- 何を説明し、何を回答したか。東京都のひな形は、同じ話が繰り返される場合に「いつ、何回、何を回答(説明)しているか」を記録に基づいて伝えるとしています
- 誰に報告し、どんな指示を受けたか
- 対応を打ち切った、警察に通報した、などの対処とその時刻
- 事後の措置(事実確認、被害を受けた従業員への配慮、再発防止)の内容と日付
3. 原資料(裏づけ)
- 録音・録画のデータ、メールや手紙の原本、SNSの画面の保存、現場で取ったメモ
- 従業員が自分で残したメモや録音。東京都のひな形は、相談対応者が相談者の持つ証拠(対応記録メモ、写真、録音・録画データ等)を確認するとしています
現場での最初の対応とその場のメモは、現場向けの手順として別に決めておくものです。ここで扱うのは、そのメモや録音を会社の記録としてどう残すかです。
書き方について、編集部からの提案が2つあります。一つは、評価(「威圧的だった」)と事実(「机を3回叩いた」「『〇〇』と言った」)を分けて書き、評価だけの記録にしないこと。もう一つは、記録を書いた人と書いた日時を残し、あとで訂正するときは元の記述を消さずに訂正を書き足すことです。
経路ごとの原資料と残し方
どの経路でカスハラが起きたかで、残る原資料が変わります。
| 経路 |
主な原資料 |
残し方の要点 |
| 対面(店舗・窓口) |
対応メモ、防犯カメラ等の録画、録音 |
メモを取り、復唱して確認する(企業マニュアルp.26)。必要があれば相手の了解を得て録音する(同) |
| 電話 |
通話録音、着信の日時と回数、通話時間 |
通話内容を録音できるようにしておく(企業マニュアルp.27)。繰り返しの連絡は連絡先をリスト化し、通話内容を記録する(p.29) |
| メール・手紙・問い合わせフォーム |
受信したメール・書面そのもの |
原本を残す。転記や要約だけにしない(編集部の提案) |
| SNS・口コミ・掲示板 |
投稿の画面、投稿者のプロフィール、URL、関連するやり取り |
投稿はすぐ削除されることがあるので、スクリーンショット等で保存する(東京都ひな形) |
| 訪問 |
対応メモ |
できるだけ二人で行く(企業マニュアルp.27)。複数で対応するときは、応対と記録の役割を分ける(東京都ひな形) |
インターネット上のクレームについて、東京都のひな形は、投稿者の属性、対応年月日・時間、要求内容、対応状況などを記録し、投稿者のプロフィールやリンク、関連するやり取りも保存するとしています。
録音・録画するときの注意(個人情報保護法の範囲)
録音・録画は告示で対処の例の一つとされ、行うときは個人情報保護法等を遵守し、顧客等の個人情報を適切に取り扱うこととされています(4(1)ロ、4(3)イ)。厚生労働省の解釈事項は、個人情報保護法との関係を次のように示しています。
- 事実確認に使うなら、利用目的に入れる(問9、p.14)。 録音・録画で取得する情報が個人情報に当たる場合、利用目的をできる限り特定し、本人に通知または公表する必要があります(個人情報保護法17条・21条)。特定した目的を超えて使うことは原則できない(18条)ため、事実確認に使う場合があることを利用目的として特定し、通知または公表しておきます。公表の方法の例として、プライバシーポリシー等に記載を設け、自社ホームページのトップページから1回程度の操作で到達できる場所に掲載することが挙げられています
- その場で「録音しています」と伝える義務までは含まない(問10、p.15)。 利用目的の通知・公表の義務は、録音・録画していることをその場で伝える義務まで必ずしも含まないとされています。ただし、偽りその他不正の手段による取得は禁止されており(20条1項)、カメラの設置状況等から本人が容易に認識できない場合は、認識できるようにする措置が必要です。その場で同意を得て録音することも、法を守った対応の例として挙げられています
企業マニュアルは、苦情対応の共通の留意点として「必要があれば相手の了解を得て録音する」としています(p.26)。一方、東京都のひな形は、事前承諾を得ることが望ましいとしたうえで、「同意を得ない録音でも直ちに違法ではないとされる」と注記しています。
相手の同意を得ない録音が個別の場面で適法か、裁判でどう扱われるかは、状況によって変わります。この記事では判断しません。録音の方針(告知するか、どの場面で録るか)を決めるときは、弁護士に確認してください。
保管:誰が見られるか、いつまで残すか
記録には、相談した従業員の心身の状態や、暴行などの被害を受けた事実が入ることがあります。告示は、相談者等の情報がプライバシーに属するものとして、保護に必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知することを義務としています(4(5)イ)。個人情報保護法では、病歴や「犯罪により害を被った事実」などは要配慮個人情報に当たり(2条3項)、取得には原則として本人の同意が必要です(20条2項、例外あり)。
保管について、記録が個人データ(検索できるよう体系的に整理された個人情報の集まりを構成するもの。16条3項)に当たる場合に個人情報保護法が求めていることは次のとおりです。
- 漏えい・滅失・毀損を防ぐ安全管理措置を講じる(23条)
- 記録を扱う従業者と、保管を委託する先を監督する(24条・25条)
- 利用する必要がなくなった個人データは、遅滞なく消去するよう努める(22条、努力義務)
告示や厚生労働省の資料に、保存期間の定めはありません。 労働施策総合推進法、告示、解釈事項、企業マニュアル、東京都のひな形と指針のいずれにも、記録を残す期間は書かれていません。事実確認や再発防止、将来の法的手続きに要る期間と、消去の努力義務(22条)の両方を考えて、会社が決めます。
編集部からの提案として、保管の場所は1か所に決め、閲覧できる人(相談窓口の担当者、人事、法務など)を名前か役割で特定しておくことを勧めます。店舗のパソコンや従業員の私物のスマートフォンに原資料が散らばると、閲覧できる人を管理できず、必要なときに見つからなくなるためです。
共有と提供:どこへ、何を渡すか
社内の関係部門へ。 告示は、事案の内容や対応経緯を記録し、個人情報の取扱いに留意して関係部門に共有し、再発防止に活用することも考えられるとしています(4(3)ハ、p.20)。企業マニュアルは、被害を受けた従業員のプライバシーも含め個人情報の取扱いに留意すること、社内事例ごとに検証して対処の手順の見直しに役立てることを挙げています(p.41)。再発防止のために広く共有するときは、従業員や顧客を特定できる情報を除いた要約にすることを、編集部として勧めます。
行為者の勤め先(他社)へ。 行為者が他社の従業員や役員である場合、必要に応じてその会社に事実確認や再発防止への協力を求めることも措置に含まれます(告示4(3)イ・ハ)。協力を求められた側の事業主は、応じるよう努めなければなりません(労働施策総合推進法33条3項、努力義務)。記録を他社に渡すときは、個人データの第三者提供の制限(個人情報保護法27条1項)との関係を確かめてください。本人の同意なく提供できるのは、法令に基づく場合など条文が定める場合です。渡す範囲は、弁護士等に確認して決めます。
警察・弁護士へ。 告示は、暴行・傷害・脅迫など犯罪に該当し得る言動は警察へ通報し、法的な手続が必要な場合は弁護士へ相談することを対処の例に挙げています(4(1)ロ)。東京都のひな形は、警察官が到着したら録画・録音があれば内容を確認してもらうこと、暴行の場面では録音・録画・対応記録などを証拠として提出できるようにしておくことを挙げています。
顧客等から開示を求められたとき。 録音などが保有個人データに当たる場合、本人は開示を請求できます(個人情報保護法33条1項)。本人や第三者の権利利益を害するおそれがある場合など、条文が定める場合には全部または一部を開示しないことができます(同条2項)。どれに当たるかは個別に判断が要るので、請求を受けたら法務・弁護士に回す窓口を決めておきます。
記録が効く場面
行為者から話を聞けないとき。 顧客が立ち去り連絡先も分からない場合、行為者から事実関係を確認する必要はなく、周囲の労働者からの聴取や録音・録画等の客観的な証拠で確認することが考えられるとされています(解釈事項 問12、p.17)。
特に悪質なものへの対処を決めるとき。 告示は、特に悪質と考えられるものへの対処の方針を定めて周知し、対処できる体制を整えることを義務としています。対処の例は、警察への通報、警告文の発出、法令の制限内で商品の販売やサービスの提供をしないこと、出入り禁止、民事保全法に基づく仮処分命令の申立てです(4(4)、p.22〜23)。出入り禁止を方針に定めても必ず講じる必要はなく、方針に基づいて事案ごとに講じるかどうかを判断する必要があります(問15、p.20)。その判断の材料が記録です。
仮処分を申し立てるとき。 厚生労働省のサイトで紹介されている東京高裁平成20年7月11日決定は、保険金の請求をめぐって従業員に多数回・長時間の電話を続けた顧客に対し、電話の応対や面談の強要を禁じる仮処分を命じました。決定が認定した事実は、架電が「多い日で1日19回、1回約90分に及ぶときもあった」という回数と時間で書かれており、裁判所は電話の頻度、時間、内容、態様に照らして判断しました。同サイトの解説は、申立てには保全されるべき権利と保全の必要性を具体的に特定し、理由付ける必要があるとしています。日々の着信記録や対応時間の記録がなければ、こうした数字は示しにくくなります。
社内ルールに書いておく項目
以下は編集部の提案です。告示の義務ではありませんが、上の各項目を決めておくと、記録が担当者任せになりません。企業マニュアルと東京都の指針は、研修の内容例に「記録の作成方法」を挙げています(企業マニュアルp.34、東京都指針p.26)。
記録の様式やプライバシーポリシーの文面そのものは、自社の業務に合わせて作り、必要に応じて弁護士や社会保険労務士の確認を受けてください。措置全体の点検はカスハラ対策チェックリスト、マニュアルへの書き込み方はカスハラ対応マニュアルの作り方で扱っています。
ハラスメント対策室でできること
ハラスメント対策室では、従業員が入力した相談を自動化された仕組み(AI)が発生日時・場所・言動・要求などに整理し、会社への共有は本人が選びます。届いた相談を読み、どう対応するかを判断するのは会社の担当者です。
相談ごとに、行った対応を「事実確認」「被害を受けた方への配慮」「行為者への対応」「必要な対処」「再発防止」「悪質な事案への対応」の6つから選び、メモとともに残せます。記録は1行ずつ足していく形で、訂正も元の行を残したまま1行足します。対応の記録をCSVや「法令対応の記録」に出すときは、種類と日時・件数だけで、メモの本文は含めません。相談の閲覧・確認の操作も記録に残ります。
録音データやメールの原本などのファイルは預かりません。原資料は、自社で決めた保管場所で管理してください。操作の詳細はヘルプ「法令対応(方針・周知・記録)」とヘルプ「アラートの見かたと確認のしかた」にあります。
よくある質問
録音していないと、事実確認はできませんか
できます。録音・録画は告示が挙げる例の一つで、限定列挙ではありません。相談者から事実関係を確認し、必要に応じて周囲の従業員から聴くことも、告示が事実確認の例として挙げています(4(3)イ)。行為者と連絡がつかない場合も、周囲からの聴取や残っている記録で確かめます(解釈事項 問12)。
カスハラかどうか判断がつかない段階でも記録しますか
記録しておくことを勧めます。企業マニュアルは、相談窓口がカスハラに該当するか判断がつかない場合も含めて幅広く相談に応じる必要があるとし(p.36)、指針を超えた取組として、カスハラに至らなかったものも含めて申し出の内容と対応の経緯・結果を記録し、再発防止策の検討に活用することを紹介しています(p.47)。判断の前に記録があれば、あとから経過をたどれます。該当性の考え方はカスハラとはで整理しています。
記録は何年保存すればよいですか
労働施策総合推進法、告示、厚生労働省の解釈事項とマニュアルに定めはありません。事実確認や再発防止、法的手続きに要る期間を考えて会社が決め、社内ルールに書きます。利用する必要がなくなった個人データは遅滞なく消去するよう努めることとされています(個人情報保護法22条)。
次の一手
記録のルールは、相談を受ける窓口と事実確認の手順が決まっていて初めて使えます。まだなら、窓口の決め方をカスハラ相談窓口の作り方で、2026年10月1日から義務になった措置の全体をカスハラ対策の義務化とはで確かめてください。
自社の対策がどこまで整っているかは、ハラスメント対策室の対応状況チェックで確かめられます(無料・登録不要)。