2026年10月1日から、飲食店を含むすべての事業主に、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置が義務になりました(労働施策総合推進法第33条第1項、令和8年厚生労働省告示第51号)。店で起きる場面ごとの対応例は、農林水産省が2026年2月に公表した飲食店向けのカスタマーハラスメント対策ガイドラインが、判断の目安とトーク例まで示しています。ガイドラインを店に置くだけでは足りず、店としての方針と対処の内容を決めて、キッチンやアルバイトを含む全員に伝えることが必要です。
この記事は、飲食店で起きやすい場面の対応例と、それを店で使うために決めておくことに絞って整理します。義務になった措置の全体はカスハラ対策の義務化で、業種を問わない現場の初動はカスハラが発生したら?初動対応で扱っています。
飲食店で押さえておく前提
告示が定める措置の項目は、業種や規模で変わりません。そのうえで、飲食店に特に関わる点が3つあります。
- アルバイト・パートを含む全員が対象。 告示の「労働者」は、パートタイム労働者や契約社員を含む、雇用する労働者の全てです(告示2(3)、p.3〜4)。対処の内容は、客席に出るかどうかを問わず、全ての労働者に周知する必要があります(解釈事項 問8の更問、p.13)。キッチンだけの担当者も含まれます。
- 客席だけではない。 カスハラには、店舗等での対面のものに加えて、電話やSNS等のインターネット上のものも含まれます(告示2(1)、p.3)。予約や出前の電話、口コミサイトやSNSでの言動も含まれ得ます。
- お店側の対応が原因になることがある。 苦情の全てがカスハラに当たるわけではなく、社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れです(告示 p.2〜3)。判断にあたっては、事業主や労働者の側の不適切な対応が言動の原因や背景になっている場合もあることに留意するよう、告示は求めています(p.6)。
数字で見ると、厚生労働省の令和5年度の実態調査では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為を受けた労働者の割合は「宿泊業、飲食サービス業」で16.0%で、業種別の上位3つに入っています(調査結果の概要 p.12。宿泊業を含み、回答者は200人)。企業調査では、顧客等からの著しい迷惑行為に関する相談が「ある」と答えた企業の割合が、「宿泊業、飲食サービス業」で46.4%と、「医療、福祉」に次いで高くなっています(p.19)。
農林水産省の飲食店向けガイドラインに書いてあること
ガイドラインは、農林水産省が策定検討委員会での議論を経て策定し、2026年2月27日に公表しました(報道発表)。農林水産省の委託事業として作られ、冒頭の「はじめに」には農林水産省・厚生労働省・策定検討委員会の名が並んでいます(詳細版 p.1、p.22)。委員には外食の業界団体(日本フードサービス協会、全国飲食業生活衛生同業組合連合会)の役員、弁護士、社会保険労務士、研究者などが入っています(詳細版 p.22)。経営者や従業員など幅広い関係者向けに内容を網羅した「詳細版」と、現場で活用しやすいよう要点をまとめた「ダイジェスト版」があり、研修用の動画と教材テキストも同じページで公開されています。
中心になるのは、飲食店で起こるトラブル事案を踏まえた「カスハラの7つの類型」です(詳細版 p.5〜6)。
- すぐに「やめてください」「できません」と伝える4つ:暴力、侮辱・暴言、恐怖・威圧、無関係・不当要求。伝えてもその行動が続く場合はカスハラだ、としています
- お店の対応方針に沿って対応しても続く3つ:長時間化(例:適切な対応を尽くしても30分以上続く)、繰り返し(例:同様の内容が3回以上続く)、コミュニケーション不成立(話を遮る、謝罪を一切受け付けない等)。仮にお店に非がある場合でも、対応方針を超えて続けば、カスハラと判断するよう示しています
30分・3回は目安で、状況によっては早めに対応を終了してもかまわない、とガイドラインは書き添えています(p.6)。
ガイドラインは推奨の資料で、それ自体が法的義務を定めるものではありません。義務の中身は告示で確かめます。業界団体が作成した業種別マニュアルについて、厚生労働省の解釈事項は、配布するだけでは方針の明確化と周知(告示4(1)イ)や対処の内容の周知(4(1)ロ)を果たしたことにはならず、参考にして自社の実情に応じた調整をして定め、周知すれば果たしたことになる、としています(問20の更問、p.26)。農林水産省の経営者・店長向け研修テキストも、経営者・店長で対応方針を決め、内容を自店舗にアレンジし、朝礼等でスタッフに共有する使い方を勧めています(PDF p.16)。
飲食の場面別:ガイドラインの対応例と、店で決めること
次の表は、ガイドラインの「類型別対応」と「実践ヒント集」に載っている場面を、飲食店で起きる順に並べたものです。右の列は、その対応例を自店で使うために決めておく点で、編集部の整理です。トーク例はお店ごとに適切な話法にアレンジするよう、農林水産省の従業員向け研修テキストは書き添えています。
| 場面 | ガイドラインの対応例 | 店で決めること |
|---|---|---|
| 料理が出てこない・遅い | 状況を伝えず謝るだけでなく、「注文いただいたものから作っております。あと●分ほどで出来あがりますが、いかがでしょうか?」と事情を率直に伝え、お客様に選んでもらう(p.11、p.15) | 厨房に確認して待ち時間を伝える役、キャンセルに応じる範囲 |
| オーダーミスのあとの暴言 | ミスは詫び、「店員を侮蔑するような発言はお控えください」と伝える。繰り返されれば対応を打ち切る。可能なら録音し、録音することを相手に伝える(p.7、p.15) | 謝る範囲と、代金を取らない等の譲歩の上限を決められる人 |
| 異物混入の申出のあと、苦情が続く | 謝罪し、作り直して再提供する。それでも理不尽なことを言われ続ける場合は、これ以上の対応はできないと伝え、続けば退店していただく(p.18) | 作り直し・返金の範囲、判断する責任者、連絡先を聞くかどうか |
| 大声で騒ぐグループ | 問題だと思う大声はすぐに注意し、おやめいただけない場合は2回警告したうえで3回目に退店していただく。「会計を済ませてお引き取りいただきます」と先に伝える(p.16) | 注意する人、警告の回数、会計の扱い |
| 従業員の連絡先・フルネーム・最寄り駅などを聞く | 「連絡先等、プライベートに関わるご質問はご遠慮いただくようお願いしています」と伝え、繰り返し続く場合は退店していただく(p.15〜16) | 名札の表記、答えない決まり、シフトや持ち場を変える判断 |
| 無断での撮影 | 「許可なくキッチン内部や他のお客様、スタッフが映り込む場所を撮影するのはご遠慮ください」と伝える(p.15) | 撮影についての店内掲示、断っても続くときに引き継ぐ人 |
| 「保健所に言うぞ」「SNSに載せるぞ」 | 保健所への連絡やSNSへの投稿はお客様の判断で、店から何か申し上げることはない、と伝える。「どうぞどうぞ」のような言い方はしない(p.17) | 投稿を見つけたときの報告先と、法的な対応を相談する先 |
| 帰ってもらえない・「誠意を見せろ」 | これまでの対応が店の考える誠意だと伝え、具体的に何を求めるかを確かめる。退店をお願いしても居座る場合は、2度伝えたうえで警察に連絡すると告げ、それでも帰らなければ警察に相談する(p.18) | 退店を告げる人(複数名で)、警察に連絡する判断をする人 |
表の対応例を使うときに、あわせて押さえておく点です。
申出そのものは、正当なことが多くあります。 ガイドラインは、お客様等のクレームは正当なものが多くみられ、不当に制限されてはならないとしています(p.14)。異物混入の申出、アレルギーのある人の要望、障害のある人からの合理的配慮の求めは、まず申出として受け止めます。障害者が社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること自体はカスハラに当たらない、と告示は明記しています(p.3)。ガイドラインが対応できないと伝える例に挙げているのは、アレルギーや偏食のために、対応できる範囲を超えて様々な食材を抜くよう求められる場面です(p.17)。判断の考え方は正当なクレームとカスハラの違いで扱っています。
「他のお客様のご迷惑になるので」とは言わない。 ガイドラインの最終通告編は、この言い方をしないよう勧めています(p.16)。「誰が迷惑だと言っているんだ」と、他のお客様にからむ可能性があるためです。注意は「店内でそのような振る舞いはおやめください」のように、店として認められないことを伝える形にします。
SNSと撮影は、告示の例と重なるところがあります。 ガイドラインが「原則として制限できません」としているのは、SNS等への投稿そのものです。そのうえで、従業員のプライバシーに係る情報である場合等は、内容によって法的な対応をとる場合がある、と伝える例を示しています(p.17)。告示は、SNS等への悪評の投稿をほのめかす発言で労働者を脅すこと、労働者のプライバシーに係る情報をSNS等へ投稿すること、盗撮や無断での撮影を、社会通念上許容される範囲を超えた言動の典型的な例に挙げています(p.8)。これらの例は限定列挙ではなく、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もある、と告示は断っています(p.6)。無断での撮影は、撮影をやめるよう言われたのに撮り続けるといった行為を想定した例で、店内での撮影の全てが直ちにカスハラになるわけではありません(解釈事項 問5、p.9)。名誉毀損等にあたる投稿への対応は、厚生労働省の企業マニュアルが、処罰を望むなら警察、損害賠償は弁護士に相談して発信者情報の開示を受けて請求、削除は法務局等に相談、という例を示しています(p.29)。
暴力には、時間の目安を当てはめません。 殴る・蹴るなどには、逃げる、物陰に隠れるなど安全の確保を最優先し、複数人なら協力して警察等へ通報する、とガイドラインは示しています(p.7)。「もしも」の場合の対応の仕方は、日頃から話し合っておくよう勧めています。ダイジェスト版の裏表紙には、責任者の携帯番号と最寄りの交番の電話番号を書き込む欄があります。