2026年10月1日から、労働者を雇用する事業主はすべて、規模や業種を問わず、カスタマーハラスメント(カスハラ)を防ぐ措置を講じる義務を負います。中小企業への猶予や経過措置はありません。講じる措置は10項目で、会社の規模によって減ることはありません。
この記事でいう「最低限」は、措置は10項目すべて、作る文書と手間はできるだけ少なくという意味です。従業員10〜100名ほどの会社なら、方針1枚・対処ルール1枚・窓口の担当者の指名・事後対応の手順1つで、10項目それぞれに対応する形を作れます。その組み立て方と、専任の人事がいない会社で誰が何を担うかを、法令と厚生労働省・東京都の資料に沿って整理します。
パワハラのときと違い中小企業に猶予はない
条文に規模の限定がない
カスハラ対策の根拠は、改正後の労働施策総合推進法第33条第1項です。「事業主は」、「その雇用する労働者」の就業環境が害されないよう、相談体制の整備などの「雇用管理上必要な措置を講じなければならない」と定めており、事業の規模や業種による限定はありません。「顧客等」には顧客のほか取引の相手方や施設の利用者も含まれるため、法人相手の取引が中心の会社も対象です(同項、厚労省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル「はじめに」)。施行日は施行期日政令(令和8年政令第17号)で2026年10月1日と定められています。
パワハラのときは中小企業に猶予があった
2019年(令和元年)の法改正でパワハラ防止措置が義務になったときは、その改正法の附則第3条に「中小事業主に関する経過措置」がありました。中小事業主は政令で定める日までのあいだ、措置を「講じるように努めなければ」ならない、と努力義務に読み替えられていたのです(労働施策総合推進法 令和元年改正法附則第3条)。中小事業主を含むすべての事業主がパワハラ防止措置の義務の対象になったのは、2022年(令和4年)4月からです(厚労省 検討会資料 p.2)。
今回のカスハラ対策を定めた改正法(令和7年法律第63号)の附則には、中小事業主についてのこうした読み替えがありません。附則が定める経過措置は、施行の際に手続中の紛争の扱い(第4条・第5条)と女性活躍推進法の情報公表(第6条)に関するものです。施行に合わせて出された政令(施行期日政令、関係政令の整備政令(令和8年政令第181号))にも、中小事業主についての定めはありません。パワハラのときのような、資本金や従業員数による「中小事業主」の区分そのものが、今回の措置義務にはありません。
対応が不十分な場合は、都道府県労働局による助言・指導・勧告の対象になり得ます(厚労省マニュアル「はじめに」、法第42条第1項)。第33条第1項・第2項に違反して勧告に従わないと、その旨が公表されることがあります(第42条第2項)。また、報告を求められて報告しない、または虚偽の報告をすると、20万円以下の過料の対象です(第45条第1項・第51条)。措置を講じないこと自体に罰金や拘禁刑を科す規定は置かれていません。
東京都内の事業者には、2025年4月1日から、都のカスハラ防止条例第14条で、指針に基づく体制の整備や手引(マニュアル)の作成などの措置を講ずる努力義務があります。これは国の措置義務とは別のもので、10月1日からは両方がかかっています。
「最低限」の意味は措置を減らさず作る量を減らすこと
規模によって減らない10の措置
厚生労働省の指針(告示第51号)の4が定め、厚労省リーフレット(簡易版)が①〜⑩に整理した措置は次のとおりです。どの項目にも、会社の規模による例外はありません。
- ① カスハラには毅然と対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、周知・啓発する
- ② カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を周知する
- ③ 相談窓口をあらかじめ定め、周知する
- ④ 窓口の担当者が適切に対応できるようにする
- ⑤ 事実関係を迅速かつ正確に確認する
- ⑥ 被害者に対する配慮のための措置を行う
- ⑦ 再発防止に向けた措置を講ずる
- ⑧ 特に悪質と考えられるカスハラへの対処の方針を定めて周知し、対処を行える体制を整える
- ⑨ 相談者等のプライバシーを保護する措置を講じ、周知する
- ⑩ 相談したこと等を理由に不利益な取扱いをされない旨を定め、周知・啓発する
減らせるのは、文書の数・周知の手段・担当者の置き方
文書の数。 告示は、方針を社内報やパンフレット、社内ホームページなどに載せて配ることを、①を講じていると認められる例に挙げ、トップメッセージとして発信することも考えられるとしています(告示4(1)イ、p.13)。⑧の悪質なものへの方針は、②の対処の内容を定めて周知する際に併せて定め、周知することができます(告示4(4)、p.23/解釈事項 問16)。⑨・⑩の周知も、社内報・パンフレット等への掲載・配布が例に挙がっています(告示4(5)、p.24〜25)。
周知の手段。 研修は、方針や対処の内容を周知する方法の例の1つです(告示4(1)イ②・ロ③)。これとは別に、法律は「研修の実施その他の必要な配慮」を事業主の努力義務としています(法第34条第2項)。
担当者の置き方。 窓口の担当者は、上司や経営者が兼ねる形が示されています(次の章)。
こうした例を組み合わせると、10〜100名の会社は次の4つで10項目それぞれに対応する形を作れます。表の組み立て(何を何枚にまとめるか)は当社の提案で、措置そのものはすべて義務です。
| 作るもの・決めること | 中に入れること | 対応する措置 |
|---|---|---|
| 方針 1枚 | カスハラには毅然と対応し、従業員を守るという方針(社長のメッセージの形でもよい)。相談したことを理由に不利益に扱わないこと。相談者のプライバシーを守ること | ①・⑩、⑨の周知 |
| 対処ルール 1枚 | 何がカスハラか(自社で起きやすい例を添える)。その場の対処(上司へすぐ報告、なるべく1人で対応させない、十分説明しても要求が続けば退店を求める・電話を切る、犯罪に当たり得る言動は警察へ、現場で無理なら本部へ共有)。特に悪質な場合の対処(警告文、法令の範囲での販売・提供の停止、出入り禁止など)と、誰が判断して動くか | ②・⑧ |
| 窓口の担当者の指名 | 誰が相談を受けるか。受けた人が誰と連携するか。カスハラか微妙な相談も広く受けること。相談の内容を誰が見られるか | ③・④、⑨の措置 |
| 事後対応の手順(書式 1つ) | 事実の確認(本人と周囲から聞く、録音・録画があれば確かめる)。被害者への配慮(担当の交代、相手との引き離し、心身の不調の相談)。再発防止(方針と対処ルールを改めて周知) | ⑤・⑥・⑦ |
表の中の対処の例は、告示が挙げる例(限定列挙ではない)から選んだものです(告示4(1)ロ・4(3)・4(4)、p.14〜23)。録音・録画も例の1つで、行う場合は個人情報保護法等を守って扱います(p.14〜15)。⑦の再発防止は、カスハラの事実が確認できなかった場合にも同様に講じます(告示4(3)ハ、p.21)。
作っただけでは措置になりません。 ①②③⑧⑨⑩は、労働者に知らせるところまでが措置の中身です。方針も対処の内容も、顧客と接しない部署やパート・アルバイトを含む全員に周知する必要があります(解釈事項 問8・更問)。いつ、誰に配ったかを残しておくと、あとから確かめられます。
誰がやるかと規模別の役割の置き方
専任の人事がいなくても、役割を3つに分けて誰が担うかを決めれば回せます。東京都のカスハラ防止指針は、厚労省マニュアルを引用・参照して、企業規模ごとの内部手続の例を示しています(p.23〜24)。10〜100名の会社は、おおむね右の列に当たります。
| 役割 | 5人以下 | 6〜100人 |
|---|---|---|
| 対策の推進(方針・ルールを作り、見直す) | 経営者など | 本部(経営者、人事部門の責任者など) |
| 相談を受ける(相談対応者) | 経営者など | 従業員の上司(店長など) |
| 現場で対応を引き取る(現場監督者) | 経営者など | 従業員の上司(店長など) |
人数の区分は東京都指針の例示で、法律上の区分ではありません。厚労省マニュアルは人数で区切らず、「比較的規模の小さい企業」では経営者等が対策の推進と相談窓口を担い、従業員の報告・相談を受けて指示・助言をするか、直接顧客等に対応する形を示しています(図7・図9)。
社長や店長が窓口を兼ねてよい
告示は、相談の担当者として労働者の上司に当たる管理監督者等を定めることも考えられるとしています(告示4(2)、p.16)。解釈事項の問11も、カスハラはその場ですぐ、現場に詳しい上司に相談するのが適切な場合もあるため、パワハラ等の窓口と一体にする必要はないとしています。厚労省マニュアルは、窓口を必ずしも新たに設ける必要はなく、比較的規模の小さい企業では経営者等を担当者にすることが考えられるとしています(4.3.1)。外部の機関への委託も、窓口の定め方の例の1つです(告示4(2)イ③)。
窓口を兼ねる人の相談先も決めておく
厚労省マニュアルは、上司や現場の管理監督者を窓口の担当者にする場合、その人自身が相談できる窓口を別に設けることも考えられるとしています(4.3.1)。店長が受けた相談は社長へ、社長が抱えきれないときは顧問の専門家へ、というように、窓口を担う人の相談先を1つ決めておくのが当社の提案です。どの形でも、社内の関係者や外部の関係機関と連携を取りやすい体制にしておく必要があるとされています(同)。