カスハラ事例集|どこからカスハラ?公的資料の場面と裁判例で解説

カスハラに当たり得るかどうかを、厚生労働省の指針・解釈Q&A・企業マニュアル、東京都ガイドライン、公表裁判例に出てくる具体的な場面から整理します。場面ごとの例と、会社の責任を分けた裁判例5件を紹介します。

更新
2026年10月5日
法令・資料の確認
2026年9月28日
読了の目安
10分
目次
  1. この記事の事例について
  2. 判断の考え方
  3. 場面で見る:公的資料に出てくる例
  4. 裁判例5件:会社の責任を分けたもの
  5. 場面の重さを測る別の物差し:労災認定基準
  6. 事例を自社の判断基準にする
  7. よくある質問
  8. 次の一手
  9. 参考資料

カスハラに当たるかどうかは、「暴言」「長電話」といった行為の名前だけでは決まらず、場面ごとに「要求の中身」「手段・態様」「就業環境への影響」を確かめて判断します。同じ返品の申出でも、商品に欠陥があって穏当に求めるなら正当な申入れで、暴力的・威圧的に求めるならカスハラに当たり得ます。この記事で扱う公表裁判例では、カスハラという名前が付くかどうかより、会社があらかじめ決めていた対応と、起きた後の配慮が会社の責任を分けました。

2026年10月1日からは、顧客等の言動から労働者の就業環境を守るための雇用管理上の措置が、すべての事業主の義務になりました(労働施策総合推進法 第33条第1項)。どの場面が当たり得るかを社内でそろえておくことは、その措置に取り組むうえでの基本になります。

この記事の事例について

事例は、公的に公表された資料だけから取っています。厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号。以下「指針」)、解釈事項(以下「解釈Q&A」)、企業マニュアル(令和8年度改訂版)、東京都のガイドライン、厚生労働省のサイト「あかるい職場応援団」が紹介する公表裁判例です。報道された出来事は使っていません。

指針は、例示が限定列挙ではなく、個別の状況によって判断が異なり得るとしています。以下の場面は判断の手がかりで、似た場面の結論を決めるものではありません。定義と指針の典型例の一覧は「カスハラとは」にまとめています。

判断の考え方

国の定義は、①顧客等の言動で、②社会通念上許容される範囲を超え、③労働者の就業環境が害されるもの、の3つをすべて満たすものです(指針2(1))。要求の中身と伝え方をどの順番で確かめるかは、「正当なクレームとカスハラの違い」で5つの問いにまとめています。この記事では、その判断が公的資料の中でどう分かれたかを場面ごとに見ていきます。

範囲を超えるかどうかを見るときは、会社や従業員の側の不適切な対応が言動の原因や背景になっていないかも併せて確かめます(指針2(5)、解釈Q&A 問4)。企業マニュアルは、正当な申入れを即座にカスハラと決めつけることは絶対に避けなければならないとしています(印字p.25)。

場面で見る:公的資料に出てくる例

公的資料に出てくる場面を、判断を分けた点ごとに並べます。「業種別マニュアル」は、厚生労働省の業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(スーパーマーケット業編)で、企業へのヒアリングでカスハラに当たると考えられる行為として挙がった例です(2025年3月発行で、指針の告示より前の資料です)。

場面 判断を分けた点 出典
欠陥のある商品の交換・返金を求める 謝罪とともに交換・返金に応じるのが妥当とされる 企業マニュアル 印字p.22
同じ交換・返金を、暴力的・威圧的・継続的・拘束的に求める 中身に妥当性があっても、手段・態様で範囲を超えると考えられる 企業マニュアル 印字p.23
欠陥のない商品の交換や、販売した商品と無関係な私物の賠償を求める 要求に正当な理由がない。手段・態様と併せて判断する(都の枠組み) 東京都ガイドライン p.8
丁寧な口調で、著しく高額な補償を求める。正当な理由なく、上司名義の謝罪文や自宅での謝罪を求める 要求の中身に照らして手段が過大なら、該当する可能性(都の枠組み) 東京都ガイドライン p.10
「誠意を見せろ」「法律を変えろ」と求める 抽象的な行為や不可能な行為の要求は、該当する可能性(都の枠組み) 東京都ガイドライン p.10
ミスをした従業員本人からの直接の謝罪を執拗に求める。従業員の処罰・解雇を求める 継続・執拗な要求、正当な理由のない過度な要求として挙がった例 業種別マニュアル 印字p.14
販売の事実を確かめられない商品の交換・返金を求める。十分に対応しても「トップを出せ」と繰り返す 正当な理由のない過度な要求として挙がった例 業種別マニュアル 印字p.14
店外で5〜6時間拘束する、店舗から退去しない 拘束的な言動として挙がった例 業種別マニュアル 印字p.14
断ったら、すぐに要求を取り下げた 就業環境が害されたとは言えず、該当しない可能性 企業マニュアル 印字p.24
殴る・蹴る 直ちに該当すると判断され、犯罪にも該当し得る 企業マニュアル 印字p.24
撮影をやめるよう言われても撮り続ける 撮影の全てではなく、こうした行為が精神的な攻撃に当たり得る 解釈Q&A 問5
障害のある人が、不当な差別的取扱いをしないよう求める、社会的障壁の除去を求める それ自体はカスハラに当たらない 指針2(1)(企業マニュアル 印字p.9)

表を縦に見ると、判断を分けているのは、要求の中身の正しさだけではありません。中身が正当でも手段・態様によって範囲を超えることがあり、中身に根拠がなくてもすぐ収まれば当たらない可能性があります。

東京都ガイドラインは、行政サービスについて、生活保護制度の要保護者への対応や公共料金等の徴収の現場など、それぞれの特質を十分に考慮して判断する必要があるとしています(p.14)。企業マニュアルも、業種や業態の違いから判断基準は企業ごとに違いが出る可能性があるとしています(印字p.22)。

裁判例5件:会社の責任を分けたもの

「あかるい職場応援団」は、裁判例を「顧客等からの著しい迷惑行為」に分類して紹介しています。ここに分類された5件は、いずれも2026年10月の法施行前の事案です。多くは、顧客等の言動の後に会社(使用者)が安全配慮義務を果たしたかが争われたもので、裁判所がカスハラかどうかを認定したものではありません。

事件 場面 会社の責任を分けたもの
NHKサービスセンター事件(東京高裁 令和4年11月22日判決) コールセンターで、視聴者からわいせつ発言や暴言 対応手順を定めて周知し、そのとおり運用。相談・カウンセリングも整えていた。安全配慮義務違反なし
医療法人社団こうかん会事件(東京地裁 平成25年2月19日判決) 夜勤中、せん妄状態と思われる入院患者から暴行 ナースコールで応援に駆け付けることを周知していなかった。違反あり、約2,000万円の賠償
社会福祉法人むつみ福祉会事件(長崎地裁 令和3年1月19日判決) 保護者らが保育士の虐待を訴え、約3時間の会合で追及 後のカウンセリング・面談・業務軽減が十分に機能しなかった。違反あり(3割の過失相殺)
甲府市・山梨県事件(甲府地裁 平成30年11月13日判決) 児童の保護者等が教諭に謝罪を要求 校長が事実を冷静に判断せず、教諭に謝罪を強いた。パワハラとして違法
損害保険会社の仮処分(東京高裁 平成20年7月11日決定) 保険金請求をめぐり、多い日で1日19回、長いときは1回約90分の電話 会社が申し立て、従業員への電話・面談の強要を禁じる仮処分が認められた

備えを運用していた会社は責任を否定されました。 NHKサービスセンター事件で会社が定めていた手順は、わいせつ電話は指示を待たずにスーパーバイザーへ転送し、同じ日の同じ人物からの2回目以降は担当者の判断で切ってよい、大声のときはヘッドセットを外してよい、というものでした。裁判所は、こうした手順とメンタルヘルスの相談体制などを総合して、安全配慮義務違反を否定しました。

カスハラと呼ぶかに迷う行為でも、会社の備えは問われます。 こうかん会事件の解説は、せん妄状態での暴力をカスハラと位置付けるかについては様々な考え方があるとしています。そのうえで責任が認められたのは、暴力が起きたときに周囲が応援に入る仕組みを作っていなかった点でした。同じ看護師が後に受けた別の出来事(腕をつかまれた)については、適応障害の発症まで予見できたとは言えないとして、違反は否定されています。

起きた後の配慮は、中身が問われます。 むつみ福祉会事件で使用者側は、臨床心理士のカウンセリング、面談、業務量の削減などを行っていました。それでも、面談記録に心身の不調が残されていないなど、負荷を軽くするために十分に機能していなかったとして違反が認められました。解説は、保護者の言動がカスハラかどうかが認定されたわけではないと明記しています。

その場を収めるための謝罪の強要は、別の問題を生みます。 甲府市・山梨県事件で裁判所は、校長が保護者らの理不尽な要求に対し、事実関係を冷静に判断せず、その場を穏便に収めるために安易に行動したと指摘しました。解説は、事実関係の迅速かつ正確な確認が必要だとしています。

会社が行為者に対して法的手段をとった例もあります。 仮処分の事案では、行為者が担当者に勤務時間外の電話連絡も強要し、会社が弁護士を窓口にしても電話は続きました。裁判所は、従業員に受忍限度を超える困惑・不快を与え、会社の業務遂行権を侵害するとして、電話や面談の強要を禁じました。

場面の重さを測る別の物差し:労災認定基準

厚生労働省の精神障害の労災認定基準(令和5年9月1日)は、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」を出来事の一つとして挙げ、心理的負荷の強さの例を示しています(別表1 項目27)。「強」の例には、治療を要する程度の暴行を受けた場合や、人格や人間性を否定する言動・威圧的な言動などを反復・継続して執拗に受けた場合があります。「中」程度の迷惑行為でも、会社に相談しても、または会社が把握していても適切な対応がなく改善されなかった場合は「強」の例に挙がっています。

これは労災に当たるかを判断するための物差しで、カスハラに当たるかの基準ではありません。それでも、会社が動かないことが従業員の負荷を重くするという見方は、上の裁判例と重なります。

事例を自社の判断基準にする

企業マニュアルは、業種や業態の違いを踏まえ、あらかじめ自社でカスハラの判断基準を定めておくことが求められるとしています(印字p.24)。研修の内容例にも「カスハラの判断例(判断基準やその事例)」や「ケーススタディ」を挙げ、自社で起きた事案を使うと実践的になるとしています(印字p.34)。

当社からの提案:この記事の場面の表をもとに、自社の業務で起きやすい場面を書き足し、判断の順番のどこで分かれるかを1行ずつ添えておくと、現場と相談窓口の判断がそろいやすくなります。判断に迷う場面ほど、担当者1人で決めず、窓口の担当者や上長と複数人で確かめる運用が合います。

また企業マニュアルは、カスハラとして扱うかどうかにかかわらず、就業に支障が生じるおそれがあれば、相談に応じる、複数名で対応するなどの措置が必要だとしています(印字p.24)。判断を待つ間も、従業員を守るための対応は先に始められます。具体的な対応の例は「カスハラ対応マニュアルの作り方」で扱っています。

よくある質問

Q. カスハラかどうかは、労働局が判定してくれますか?

都道府県労働局は、個々の顧客等の言動がカスハラに当たるかどうかの判断は行いません(解釈Q&A 問45)。事実関係を確認し、必要な措置を講じるのは事業主です。

Q. 裁判例で「カスハラ」と認定されたものはありますか?

この記事の5件は、会社の安全配慮義務、上司の言動の違法性、仮処分の可否が争われたもので、顧客等の言動をカスハラと認定することが判断の中心ではありません。むつみ福祉会事件の解説は、カスハラかどうかが認定されたわけではないと明記し、こうかん会事件の解説は、せん妄状態での暴力をカスハラと位置付けるかには様々な考え方があるとしています。

Q. 業種が違えば、判断も変わりますか?

指針は、業種・業態、業務の内容・性質などを総合的に考慮するとしています(指針2(5))。東京都ガイドラインは、行政サービスについて現場の特質を十分に考慮して判断する必要があるとし(p.14)、障害のある人や認知症の人など、合理的な配慮が必要な顧客等への配慮も求めています(p.11)。自社の業務に合わせた基準を持つことが、判断をそろえる近道です。

次の一手

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参考資料

いずれも2026年9月28日に確認しました。

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