ハラスメントの社内アンケートは、法律上の義務ではありません。パワハラ・セクハラ・カスハラなどの指針が、講ずべき措置とは別の「望ましい取組」として、アンケート調査などで運用状況をつかみ、見直しにつなげることを挙げています。作るときは、目的を決めてから質問を選び、回答者が特定されない集計の決まりを先に作り、結果を公表して対策につなげる、の順に進めます。
匿名性は、名前の欄をなくすだけでは守れません。部署や役職の組み合わせ、自由記述の書きぶり、回収のしかた、少人数の部署の集計結果から、誰の回答かが分かることがあります。この記事では、厚生労働省が公開している調査票を下敷きにした質問例と、特定を防ぐ設計を順に扱います。
この記事は、全員に配って集計するアンケートの話です。相談窓口で名前を出さずに相談を受け付ける方法は「ハラスメントの匿名相談窓口とは」で扱っています。
社内アンケートの位置づけ:指針の「望ましい取組」
事業主に義務づけられているのは、相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上の措置です(労働施策総合推進法 31条1項。カスハラは2026年10月1日から33条1項)。その中身は各指針の「講ずべき措置」の項に書かれています。
アンケートが出てくるのは、その後に続く「望ましい取組」の項です。パワハラ指針5(3)(p.10)は、措置を講じる際に、必要に応じて労働者や労働組合等の参画を得つつ、アンケート調査や意見交換等を実施するなどにより、運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めることが重要だとしています。参画の方法の例として、労働安全衛生法18条1項の衛生委員会の活用も挙げています。
カスハラ指針6(2)(p.28)、セクハラ指針6(2)(p.7)、妊娠・出産等に関するハラスメントの指針5(3)(p.9)、育児・介護休業等に関する指針第二の十四(四)ハ(p.9)も、同じ文言です。カスハラ指針の6は「4の措置に加え、次の取組を行うことが望ましい」と始まります(p.27)。1回のアンケートで、複数のハラスメントの運用状況をまとめて確かめる設計にもできます。
労働者の参画を得る取組を実施している会社は3割弱です。厚生労働省の令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査(企業調査、従業員30人以上の企業が対象)では、「労働者や労働組合等の参画(アンケート調査や意見交換等の実施、衛生委員会の活用等)」を実施している企業は全体の28.7%で、従業員99人以下では11.5%、1,000人以上では47.6%でした(p.79 図表75)。
相談件数だけでは見えないものがある
同じ調査の労働者等調査では、ハラスメントを受けた人のうち、勤務先がそれを認識していたと答えた人はパワハラで37.1%、セクハラで23.9%でした。受けた後に「何もしなかった」人は、パワハラで36.9%、セクハラで51.7%です(概要版 p.18)。窓口に届いた相談の数は、職場で起きていることの一部にとどまりえます。アンケートは、相談に至らなかった経験や、窓口や方針がどこまで知られているかをつかむ手段になります。
始める前に決めること
厚生労働省のパワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)と、ポータルサイト「あかるい職場応援団」の人事担当者向けQ&Aが挙げる実施の注意点をまとめると、次の4つです。
- 目的: 取組を始める前の実態をつかむ「事前調査」か、取組の効果を確かめる「事後調査」かを決める。マニュアルは、対策の枠組みを作った後に再度調査して効果を検証するとよいとしています(p.26)
- 対象: 対象者が偏らないようにする。Q&Aは、派遣社員やパートタイム従業員なども含め、可能な限り多くの従業員を対象にするよう挙げています
- 頻度: 継続して実施し、周知・啓発や研修の効果を把握する。マニュアルは、毎年または数年に1度実施して傾向の変化を見ることが、取組の見直しにつながるとしています(p.56)
- 相談窓口の案内: 相談窓口を設けている場合は、アンケートと合わせて必ず紹介する(p.26)
カスハラの措置は2026年10月1日から義務になりました。いまの状態を事前調査として残しておくと、措置を整えた後の事後調査と比べられます。これは編集部の提案です。
質問例:公的な調査票を下敷きにする
質問は、厚生労働省の実態調査で使われた労働者等調査の調査票(報告書本体 p.339〜)と、導入マニュアルの事前・事後調査の項目(p.27〜28)が参考になります。次の表は、それらの構成を下敷きに、編集部が社内アンケート向けに書き直した例です。質問文は公的な調査票の文言そのものではありません。選択肢には、調査票に近い言い方を残したものがあります。
| 聞くこと | 質問例(選択肢の例) | 下敷きにした公的調査票 |
|---|---|---|
| 被害の経験 | 過去3年間に、この職場で上司・同僚・部下などから、パワハラだと感じる言動を受けたことはありますか(ない/一度だけ/時々/何度も) | 実態調査 Q11・Q12(p.341)、マニュアル表4 Q4 |
| 言動の種類 | (受けた人に)どのような言動でしたか。当てはまるものをすべて(身体的な攻撃/精神的な攻撃/人間関係からの切り離し/過大な要求/過小な要求/個の侵害/その他) | 実態調査 Q14(p.341) |
| 受けた後の行動 | その後、どうしましたか(社内の相談窓口に相談した/上司に相談した/同僚に相談した/社外に相談した/何もしなかった ほか) | 実態調査 Q18(p.343) |
| 相談しなかった理由 | (何もしなかった人に)その理由は何ですか(解決にならないと思った/不利益が心配だった/相談先が分からなかった ほか) | 実態調査 Q19(p.343) |
| 見聞きした経験 | 過去3年間に、職場でパワハラを見たり、相談を受けたりしたことはありますか | マニュアル表4 Q9 |
| カスハラの経験 | 過去3年間に、お客様や取引先などから、業務の範囲を超えた言動(暴言、大声での威圧、同じ要求の繰り返し、居座りや長電話など)を受けたことはありますか(ない/一度だけ/時々/何度も) | 実態調査 Q41・Q42・Q44(p.350〜351) |
| その場の対応 | (受けた人に)その場でどう対応しましたか(断った/複数人で対応した/上司に引き継いだ/要求に応じた/何もできなかった ほか) | 実態調査 Q47(p.351) |
| 窓口の認知 | ハラスメントの相談先を知っていますか。知っている場合、安心して相談できると思いますか | マニュアル表4 Q17、表5 Q12 |
| 取組の認知と効果 | 会社のハラスメント対策(方針、研修、ポスターなど)を知っていますか。役に立っていると思いますか | マニュアル表4 Q19、表5 Q5・Q13 |
| 会社への要望 | ハラスメントを防ぐために、会社にしてほしいことはありますか(選択肢+任意の自由記述) | 実態調査 Q67(p.356)、マニュアル表4 Q23 |
作るときに気をつける点は3つです。
- 選択式を中心にする: Q&Aは、ハラスメントについての知識が乏しい場合も想定し、選択式の設問を多くして回答しやすくするよう挙げています。自由記述は任意の1問程度にとどめると、特定のおそれも減ります
- 「感じたか」で聞く: 回答者によって、ある行為をパワハラと受け止めるかどうかは異なります。マニュアルは、結果を分析するときにこの点に留意するよう求めています(p.29)。質問は「パワハラを受けたか」と断定させず、「パワハラだと感じる言動を受けたか」と聞き、結果もその前提で読みます
- 期間と職場を区切る: 公的な調査票は「過去3年間」「現在の職場か、それ以前か」を分けて聞いています。社内アンケートでも期間を示さないと、何年も前の経験と最近の経験が混ざります
簡易版にしたい場合、導入マニュアルの表4・表5には、回答者の負担を減らすための最低限の項目が示されています(p.27〜28)。設問の選択肢まで含めたひな形は、あかるい職場応援団のダウンロードコーナーにある「アンケート実施マニュアル」で入手できます。
カスハラの行為の分け方は、指針の定義と合わせておくと、社内で説明しやすくなります。定義の整理は「カスハラとは」を参照してください。
匿名性の設計:無記名だけでは足りない
導入マニュアルは、より正確な実態把握や回収率の向上のために匿名での実施が効果的だとし(p.26)、事前調査の属性の質問にも「回答者名を記載しない」と添えています(p.27)。Q&Aも、無記名とし、回収方法などで個人が特定できないようにするよう挙げています。名前を書かせないことは出発点で、それだけでは回答者を守りきれません。
回答者が分かってしまう経路と、設計での対処を次の表にまとめます。対処は編集部の提案です。
| 特定される経路 | 起きること | 設計での対処 |
|---|---|---|
| 属性の組み合わせ | 部署・役職・年代・勤続年数を重ねると、少人数の部署では1人に絞れる | 属性は集計に使うものだけ聞く。区分は粗くする(例:勤続「3年未満/3年以上」) |
| 行為者の立場 | 「役員から」「部下から」の回答が、行為者と回答者の両方を推測させる | 少人数の職場では立場の選択肢をまとめる。行為者の名前は聞かない |
| 自由記述 | 出来事の日時・場所、言葉づかいで書いた人が分かる | 任意にする。「人や日時が分かることは書かないで」と添える。原文は集計担当だけが読み、報告は要約にする |
| 回収のしかた | 上司が紙を回収する、ログインやメールアドレスの入力で誰の回答かが残る | 回収箱や封筒を使う。Webでは回答者の情報を記録しない設定にする |
| 集計の単位 | 回答が数人の部署の結果を出すと、個人の回答に近くなる | 下限の回答数を決め、下回る単位は上位の単位にまとめる |
少人数の部署の結果は出さない
集計の単位には、下限を決めておきます。あかるい職場応援団の「実態を把握する」のQ&Aは、100人程度以下の小規模な企業では匿名アンケートでも回答した人が特定されてしまい、正確な実態が把握できなかったり回答率が低くなったりするおそれがあるとしています。
下限の目安として参考になるのは、別の制度の決まりです。ストレスチェックの集団分析では、集計・分析の単位が10人を下回る場合、個人が特定されるおそれがあるため、原則として事業者は結果の提供を受けないとされています。この10人は、在籍者数ではなく実際の受検者数(有効なデータ数)で数えます(小規模事業場ストレスチェック制度実施マニュアル p.28、厚生労働省のリーフレット p.1)。これはハラスメントのアンケートに適用される規則ではありませんが、下限を決めるときの目安になります。
そのうえで、次の3点を実施前に決めておくことを提案します。
- 下限は、在籍者数ではなく回答数で判定する(回答率が低い部署は、在籍者が多くても下限を割る)
- 下限を下回る部署は、結果を単独で出さず、隣の部署や事業所全体とまとめる
- 同じ回の結果を何通りもの切り口で出さない(全社と「A部を除く全社」を並べると、差し引きでA部の結果が分かる)
回答を見る人と、依頼文に書くこと
回答の元データ、とくに自由記述を読める人を、集計の担当者に限っておきます。依頼文には、次のことを書いておくと、回答する人が判断できます。
- 何のために実施し、結果をどう使うか
- 名前を書かないこと、回答者を特定しようとしないこと
- 元データを見る人の範囲と、少人数の単位では結果を出さないこと
- 結果をいつ、どの形で公表するか
- 個別に相談したいときの相談窓口と連絡先