カスハラの初動は、対象を限定して謝る → 遮らずに話を聞く → 一人で抱えず報告して指示を仰ぐ → 決めた時間で区切る → 危険なら時間を待たず離れて警察へ、の順に進めます。2026年10月1日から、「その場の対処の内容」を会社があらかじめ定め、管理監督者を含む従業員に周知することが事業主の義務になりました(令和8年厚生労働省告示第51号の4(1)ロ)。その場では、日時・場所・対応者・相手の要望・相手の情報・受けた指示・結果を時系列で書き留めておくと、報告とその後の事実確認に使えます。
この記事で扱うのは、1件の事案のうち「その場の対応」の内側だけです。報告を受けたあとの事実確認・被害者への配慮・再発防止はカスハラ対応フロー図で、カスハラかどうかの判断基準は正当なクレームとカスハラの違いで整理しています。
初動の手順と、それぞれの位置づけ
義務になったのは、カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を従業員に周知することです(告示4(1)ロ、p.13。根拠は労働施策総合推進法第33条第1項)。告示は、対処の内容を定めるときには、現場から管理監督者に報告があった場合や管理監督者が現認した場合に直ちに適切な対応が必要なこともある点を踏まえるよう求めています(p.14)。
一方、現場での個々の動き方は、告示が挙げる「対処の内容の例」や、厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版、以下「企業マニュアル」)の手順です。告示の例は限定列挙ではなく、会社が従業員の状況等の実態に応じて定めるものとされています(p.14)。
以下では、出典の位置づけを【告示の例】【企業マニュアル】【都指針】で示します。【都指針】は東京都のカスタマー・ハラスメントの防止に関する指針です。5つの手順への分け方と順番は、これらの資料をもとにした編集部の整理です。企業マニュアルの頁は印字頁で示します。
手順1 謝るのは、対象を限定して【企業マニュアル】
状況を正確に把握できていない段階では、会社として非を認めたような発言は望ましくないとされています(p.25)。企業マニュアルの例は「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません」のように、不快な思いをさせたことに対して謝る言い方です。
非を認めたような発言が望ましくないのは、一度非を認めると、事実確認で会社に非がないと分かっても撤回が難しくなるためです。非を認めて謝るのは、事実確認をして社内で判断した後にし、そのときも過失の程度に応じた謝罪をすることが望ましいとされています(p.25)。
手順2 遮らずに聞き、決めつけない【企業マニュアル】
企業マニュアルは、苦情への初期対応を「誠意ある対応をしつつ、状況を正確に把握し、事実確認をする」手順で進めるよう勧めています(p.24〜25)。単なる苦情が初期対応の内容によってカスハラに発展することもあり得るためです。また、この手順を踏まずに正当な申入れをカスハラと決めつけることは避けるべきだとしています。
話を聞くときは、途中で遮ったり反論したりせず、ひと通り事情を確認します(p.25)。そのうえで、不明確な点を確認し、足りない情報を質問し、相手に勘違いがあれば正しい情報を伝えます。メモを取りながら聞き、復唱して確認すると、相手の発言との食い違いを防げます(p.26)。
今後連絡が取れるように、相手の名前・住所・連絡先等を取得しておくことも考えられる、とされています(p.25)。
手順3 一人で抱えず、報告して指示を仰ぐ【告示の例】
告示は対処の内容の例として、管理監督者等に直ちに報告してその場の対応の方針について指示を仰ぐこと、可能な限り一人で対応させず、必要に応じて管理監督者等が代わって対応することを挙げています(p.14)。企業マニュアルも、威圧的な言動など明らかにカスハラと判断される行為を受けたら、すぐに現場監督者に相談するなどして事案を引き継ぎ、一人で対応しないよう求めています(p.25)。
報告では、相手の要望だけでなく、事実関係をできるだけ時系列で整理して伝えることが望まれています(企業マニュアル p.25)。カスハラとして扱うかどうかに関わらず、就業に支障が生じるおそれがあれば、相談に応じる、複数名で対応する等の措置が必要とされています(p.24)。
指示を待つあいだ相手を待たせるときは、「上長に確認いたしますので、大変恐れ入りますが、少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか。」のように丁寧に伝えます(p.26)。検討に時間がかかりそうなら、いったんお引き取りいただき(電話なら切り)、後日会社としての対応方針を伝えることも考えられます。
手順4 十分に説明したら、時間で区切る【告示の例】
告示は、十分な説明を行ったうえで、なお繰り返しの要求が続く場合に、一定の時間の経過をもって退店を求めたり電話を切ったりすることを例に挙げています(p.15)。企業マニュアルは、対応できることとできないことをはっきりさせ、その場しのぎの回答をせず、対応できないことははっきり断るよう勧めています(p.26)。
拘束的な言動(居座り・長電話)について、企業マニュアルは、応じられないことを明確に告げたあと膠着状態が30分程度を超えたらお引き取りを願う(電話を切る)、なお帰らなければ膠着から計1時間程度で毅然と退去を求める、という対応例を示しています(p.29〜30)。この時間は「あくまで一例」で、業種・業態を踏まえて各企業で決めるものです。何分と定めるかは対応マニュアルの作り方で扱っています。
東京都の指針は、恣意的で正当な理由のない退去要請や出入り禁止、商品やサービスの提供の拒否がないように十分留意することを求めています(p.17、p.25)。時間で区切るのは、話を聞き、説明を尽くしたあとです。
手順5 危険を感じたら、時間を待たずに離れて通報する【告示の例】
暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報することが告示の例です(p.15)。企業マニュアルは、身の危険を感じたときはためらわず警察への通報や警備員への連絡をすることが重要で、定めた対応時間に達しないと次に進めないわけではない、と注意しています(p.30)。
身体的な攻撃があった場合の対応例は、危害を加えられないよう一定の距離を保つなど対応者の安全確保を優先し、警備員等と連携しながら複数名で対応し、直ちに警察に通報することです(企業マニュアル p.28)。大声で威圧する行為には、やめるよう求め、複数名で、警備員等と連携しながら安全確保を優先します(p.29)。
東京都の指針は、暴力行為やセクハラ行為等には現場監督者が顧客対応を代わり、就業者を顧客等から引き離す例を挙げています(p.25)。犯罪行為に当たる場合に、現場の判断で警察へ通報することをためらわないよう社内で周知しておくことも、対応例に入っています【都指針】(p.22)。
対面・電話・訪問で気をつけること
企業マニュアルは、対面・電話・訪問のそれぞれについて、初期対応で留意する点を挙げています(p.26〜27)。
| 場面 | 企業マニュアルが挙げる留意点 | 頁 |
|---|---|---|
| 対面 | 店頭で対応せず、時間・人・場所を変えることを検討する。原因がはっきりしない時点では安易な推定で説明しない | p.26 |
| 電話 | 通話内容を録音できるようにしておく。周囲と相談するときは必ず保留機能を使う。第一受信者が責任を持ち、たらい回しにしない | p.27 |
| 訪問 | 夜間や早朝を避ける。周囲の目がある場所で、合意した場所以外には行かない。まずは言い分を聞くだけにする。できるだけ二人で行き、威圧感を与える人数は控える | p.27 |