2026年10月1日から、介護事業者を含むすべての事業主に、カスハラを防ぐための雇用管理上の措置が義務になりました(労働施策総合推進法第33条第1項、令和8年厚生労働省告示第51号)。利用者とその家族は「顧客等」に含まれ、訪問介護で訪れる利用者の自宅も「職場」にあたります(厚生労働省の解釈事項 問3、p.7)。介護事業所には、すでに介護保険の運営基準で、職場のハラスメントを防ぐ措置と「正当な理由なくサービスの提供を拒んではならない」という決まりがあり、10月からはその上にカスハラへの備えを重ねることになりました。
認知症等の病気や障害の症状として現れた言動は、厚生労働省老健局の資料では、ハラスメントとしてではなく医療的なケアで対応するものとされています。ただし職員の安全への配慮は別に必要です。義務になった措置の全体はカスハラ対策の義務化で、業種を問わない現場の初動はカスハラが発生したら?初動対応で扱っています。この記事は、介護ならではの判断に絞った内容です。
介護事業所にかかる3つの決まり
介護事業所では、労働法の義務と介護保険の指定基準が重なります。次の表は、編集部が条文と老健局の資料をもとに並べたものです。
| 決まり | 根拠 | 求めていること |
|---|---|---|
| カスハラを防ぐ措置(2026年10月1日から) | 労働施策総合推進法 第33条、告示51号 | 方針の明確化と周知、相談に応じる体制、事後の対応、特に悪質なものへの対処方針と体制など。相談したことを理由とする不利益な取扱いの禁止(第33条第2項) |
| 職場のハラスメントを防ぐ措置(令和3年度介護報酬改定から) | 運営基準(例:指定居宅サービス等基準第30条第4項、特別養護老人ホームの基準第24条第4項) | 職場での性的な言動や優越的な関係を背景とした言動で職員の就業環境が害されないよう、方針の明確化等の必要な措置を講じる |
| 提供拒否の禁止と、提供が困難なときの対応 | 同じ基準の第9条・第10条(訪問介護の条。他の居宅サービスの多くも準用)、特別養護老人ホームの基準の第4条の2・第4条の3 | 正当な理由なくサービスの提供を拒まない。利用・入所の申込者に自ら適切なサービスを提供するのが困難なときは、他の事業者や病院・施設の紹介など必要な措置を速やかに講じる(訪問介護では居宅介護支援事業者への連絡も) |
老健局の介護現場におけるハラスメント対策のページは、令和3年度介護報酬改定で全ての介護サービス事業者にハラスメント対策として必要な措置を講じることを義務づけ、カスハラについては方針の明確化等の措置を推奨した、と説明しています。老健局のページで公開されている介護現場におけるハラスメント対策マニュアル(令和4年3月改訂。厚生労働省の老人保健健康増進等事業で作成)は、運営基準の措置の対象に、利用者やその家族等から受けるセクハラも含めて整理しています(p.2)。
10月からは、利用者や家族からの暴言や過度な要求などカスハラへの措置が、介護報酬改定のときの「推奨」から、労働施策総合推進法による「義務」に変わりました。告示51号は、各業法等によりサービス提供の義務等が定められている場合や、サービスが途絶すると顧客等の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合があることに留意して対応するよう求めています(4前文、p.11〜12)。介護保険の指定を受けた事業所では、運営基準の提供拒否の禁止がこの「サービス提供の義務等」の代表例だと編集部は考えます。
数字で見ると、厚生労働省の令和5年度の実態調査(企業調査)で、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為の相談があった企業の割合は「医療、福祉」が53.9%で、業種別で最も高くなっています(調査結果の概要 PDF p.20。医療を含む数字です)。
認知症等の症状による言動の扱い
老健局のマニュアルは、介護現場のハラスメントを、利用者や家族等からの身体的暴力・精神的暴力・セクハラの3つと整理したうえで、認知症等の病気または障害の症状として現れた言動(BPSD等)は、ハラスメントとしてではなく医療的なケアで対応する必要があるとしています(p.4)。例として、認知症の「もの盗られ妄想」はハラスメントではなく、症状としてのケアが必要だと挙げています。
そのうえで、症状による暴言・暴力であっても職員の安全に配慮する必要は変わらず、ハラスメント対策とは別に対応を検討するよう求めています(p.4〜6)。
- 職員が一人で抱え込まず、上長や施設・事業所へ報告・共有できるようにする
- ハラスメントか症状による言動かは、施設・事業所だけで決めず、利用者の主治医(かかりつけ医)やケアマネジャー等の意見も確かめて判断する
- 認知機能が低下している場合は、診断がなくても症状である可能性を前提にケアする
告示51号と解釈事項には、認知症等の症状による言動の扱いを直接定めた記述は見当たりません(2026年10月5日確認)。告示は、障害特性等についての資料の配布や研修で労働者の顧客等への理解を深めることを、望ましい取組に挙げています(6(1)ロ、p.28)。
マニュアルは、利用料金の滞納や苦情の申立ても、ハラスメントとは別の問題として対応するよう書き分けています(p.5)。苦情そのものは正当な申入れのことがあり、告示も、社会通念上許容される範囲の申入れはカスハラに当たらないとしています(2(1)、p.2〜3)。判断の考え方は正当なクレームとカスハラの違いで扱っています。
なお、マニュアルに載っている平成30年度の実態調査では、これまでに利用者からハラスメントを受けた経験のある職員はサービス種別により4〜7割、家族等からは1〜3割でした(p.61)。この調査は、認知症等の病気や障害のある人による言動も含めて数えている点に注意が必要です。また、職員票は無作為抽出した1万の施設・事業所の管理者等を通じて配られ、回答は10,112人で、配布数が確認できないため回収率は示されていません(p.60)。
介護の場面別:公的資料の対応例と、自社で決めること
次の表は、老健局のマニュアルと事例集(令和3年3月)に出てくる場面と対応例を並べたものです。右の列は、その対応例を自社で使うために決めておく点で、編集部の整理です。事例集の事例は、施設・事業所から聞き取った内容を匿名化・加工したものです(p.1)。
| 場面 | 公的資料の対応例 | 自社で決めること |
|---|---|---|
| 利用者からの身体的暴力(物を投げる、蹴る等) | 職員の安全を第一に対応し、管理者等が状況を確認して指示する。必要に応じてケアマネジャー、地域包括支援センター、医師、行政、警察などに連絡・通報する(マニュアル p.18) | その場を離れてよい条件、連絡する順番、症状によるものかを主治医・ケアマネジャーと確かめる担当者 |
| 入浴・排せつ介助中の性的な言動・身体への接触 | 可能なら同性の職員を配置し、難しければ複数名で行うなど配置を工夫する。問題が起きたら担当者の変更、シフトや提供体制を見直す(マニュアル p.40)。事例集には、身体についての暴言や写真を見せる言動が続いた利用者について、当該職員を入浴介助のシフトから外し、その利用者の入浴介助を同性介助を基本にした例がある(事例1、p.6) | 同性介護・複数名にする基準、担当を替える決め方 |
| 家族からの暴言、ルールにそぐわない要求の繰り返し | 職員個人に任せず、組織として迅速かつ統一的に対応する。苦情の窓口とハラスメントの窓口を連携させる(マニュアル p.17)。事例集には、面会時間の掲示、管理者を含む複数人での面談、暴言の記録を段階的に行った例がある(事例10、p.24) | 面会などのルールの掲示、家族対応の窓口、記録の場所 |
| 事故のあとの責任追及 | 事故のあとの対応が不適切だと暴言等に発展することがある。組織として迅速に対応し、損保会社への連絡等で解決の道筋を早くつける(マニュアル p.17) | 事故対応の窓口を現場から本部等へ移す時点、金銭の申出に誰が応じるか |
| 契約範囲外のサービスの要求 | 重要事項説明書や契約の説明で、サービスの目的・範囲・方法について利用者や家族と認識を合わせ、契約範囲外のサービスが強要されないようにする(マニュアル p.15〜16) | 範囲の説明の仕方の統一、断る言い方と上長への引継ぎ |
| 職員の個人的な情報を聞かれる | 年齢や家族構成などを利用者・家族等にむやみに伝えない(マニュアル p.40) | 業務に関係ない質問に答えない決まり、同じ職員が入り続けない配置 |
| 訪問先で一人になる | 事業所と定時・随時に電話連絡できる体制、警報機付きブザーの支給、管理者等の同行や複数人の派遣(マニュアル p.40)。身体の危険を避けて速やかに外へ出られる経路を確かめ、職員間で共有する(p.16) | 連絡の時刻と応答がないときの動き、2人訪問に切り替える条件 |
表を使うときに、あわせて押さえておく点です。
事故のあとの対応は、ハラスメントのきっかけになりえます。 事例集の事例6では、管理者が一人で家族の責任追及を受け続け、自己判断で金品を渡したり記録を開示したりして、事態がこじれました。その後、対応の窓口を本部へ移して弁護士に委任したことで、現場の負担が軽くなったと振り返っています(p.16〜17)。マニュアルも、相談や報告を受けた管理者等が一人で抱え込まないよう、法人の代表や本部が組織的に関与する体制を求めています(p.18)。
原因の改善も、措置のひとつです。 告示51号は、事案をきっかけに商品・サービス・接客等の問題やコミュニケーションの不足が分かった場合は、その改善を図ることを求めています(4(3)ハ、p.20〜21)。解釈事項も、事業主や労働者の側の不適切な対応が言動の原因や背景になっている場合があることに留意するよう述べています(問4、p.8)。記録の残し方はカスハラの証拠・記録の残し方で扱っています。
契約解除・サービス提供の中止を考えるとき
施設・事業所の側から契約を解除するには、運営基準上の「正当な理由」が必要です(マニュアル p.12)。老健局のページは、利用者や家族等からのハラスメントがあれば常に正当な理由に当たるわけではないが、事案によってはサービスの提供を拒否することも考えられるとしています。正当な理由によって提供が困難なときは、適当な他の施設・事業所を紹介するなど、必要な措置を速やかに講じる必要があります。
マニュアルと管理者向け研修のための手引きは、正当な理由の有無は個別の事情によるとしたうえで、判断で考慮する点を挙げています(マニュアル p.12、手引き p.28〜29)。
- ハラスメントによる結果の重大性
- ハラスメントの再発の可能性
- 契約解除以外の防止方法があるか、とれるか。契約解除による利用者の不利益の程度
正当な理由が肯定される可能性のある例に挙がっているのは、利用者が職員に身体的暴力をふるい、関係機関の担当者とともに話し合ったが再発の可能性があり、複数名訪問等の再発防止策の提案も拒否されたときに、予告期間を置き、後任の事業所の紹介等を講じて解除した場合です。反対に、職員の不適切な言動に立腹した家族が暴言を口にし、話し合いによる信頼関係の回復、担当職員の変更、後任の事業所の紹介などを講じずに直ちに解除した場合は、否定される可能性があるとされています。
告示51号も、特に悪質なものへの対処の例に「法令の制限内において」サービスの提供等をしないことを挙げ、各業法等の定めなど業種・業態によって必要な対応が違うことに留意しつつ方針を定めることが効果的だとしています(4(4)、p.22〜23)。介護保険の指定を受けた事業所では、運営基準の提供拒否の禁止と、提供が困難なときの対応が、ここでいう「法令の制限」にあたると編集部は整理しています。
契約を解除する前にできることとして、マニュアルは、重要事項説明書や契約の説明のときに、ハラスメントが場合によっては契約解除につながりうることを明確に伝えておくことを挙げています(p.16)。一方で、周知の文書にハラスメントの具体例を並べると利用者に不快感や不信感を生じさせる可能性もあるとして、実践例をそのまま使わず、全体の対策を検討したうえで作るよう注意しています(p.37)。マニュアルが紹介する実践例は、外部の専門家と相談しながら文書を作成したものです。
後任の事業所へ引き継ぐときは、同じ事態が再発しないよう防止策を講じることが重要とされています。ハラスメントに関わる利用者や家族等の個人データを後任の事業所に伝えるときは、本人の同意の有無か、個人情報保護法が定める例外にあたるかを確かめる必要があります(マニュアル p.13)。事例集の事例10では、本部による状況確認と段階的な対応のうえで行政へ相談し、最終的にサービスの提供中止を伝えて、利用者は他の施設に移っています(p.24)。