取引先からの言動も、2026年10月1日から、事業主が措置を講じるカスハラの対象に入っています。無理な値下げ・契約外の要求・打合せでの威圧・社外の人からの性的な言動など、BtoBで起きる場面を告示の例示に対応させ、取引先に協力を求めるとき、自社の従業員が加害側と言われたとき、取適法・フリーランス法との違いを一次資料で整理します。
あります。2026年10月1日から事業主が措置を講じる「顧客等」の言動には、顧客だけでなく取引の相手方が入り、告示は「取引先の担当者」や「企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者」を例に挙げています(労働施策総合推進法第33条第1項、令和8年厚生労働省告示第51号 2(4)、p.4〜5)。BtoB企業は、取引先から言動を受ける側にも、発注者として言動を向ける側にもなります。自社の従業員が取引先の労働者への言動に注意を払うよう配慮すること、取引先から事実確認などへの協力を求められたら応じることは、法律上の努力義務です(第34条第2項、第33条第3項)。
この記事は、BtoBで起きる場面と、受けたとき・加害側と言われたときに会社がすることに絞って整理します。カスハラの定義そのものはカスハラとはで、事案が起きたあとの手順全体はカスハラ対応フロー図で扱っています。
BtoBで「顧客等」になる人と場所
告示の「顧客等」には、取引の相手方のうち今後取引する可能性のある者も含まれます(2(4)、p.4)。発注元の担当者だけでなく、商談中の見込み客や、まだ契約していない交渉相手からの言動も入ります。
「職場」は、自社の事務所に限りません。取引先の事務所や、取引先と打合せをするための飲食店も、業務を行う場所であれば職場に当たります(2(2)、p.3)。訪問先で取引先の労働者から受けた言動も、カスハラの3つの要素をすべて満たせば該当する、と厚生労働省の解釈事項は答えています(問3、p.7)。
店頭や窓口のような顧客対応の部署がない会社でも、措置は必要です。解釈事項は、顧客等に取引の相手方が含まれるため顧客対応が発生しない場合でも措置を講じる必要があり、方針は所属部署や雇用形態を問わず全ての労働者に周知する、としています(問8、p.12)。厚生労働省の企業マニュアル(令和8年度改訂版)も、法人や事業者を相手に取引を行うBtoB企業を含めて全ての事業主が取り組む必要がある、と書いています(はじめに、p.1)。
BtoBの場面と、告示の例示
告示は、社会通念上許容される範囲を超えた言動の例を「言動の内容」と「手段や態様」に分けて示しています(2(5)、p.6〜9)。例示は限定列挙ではなく、個別の事案によって判断が異なることもあります(p.6)。BtoBで起きやすい場面に当てはめると、次のとおりです(左の「BtoBの場面」と右の「判断で見るところ」は編集部の整理)。
| BtoBの場面 |
告示に挙がっている例 |
判断で見るところ |
| 無理な値下げを繰り返し求める |
契約金額の著しい減額の要求をすること(イ③、p.7) |
交渉の範囲か、「著しい」減額か。要求の目的と経緯 |
| 契約にない作業・納期を当然のように求める |
契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること(イ②、p.7) |
契約・発注書の範囲と、どれだけ超えているか |
| 同じ要求のメールや電話を繰り返す |
同様の電子メール等を執拗に繰り返し送りつけること、同様の質問を執拗に繰り返すこと(ロ④、p.9) |
頻度と続いている期間 |
| 打合せで怒鳴る・担当者の人格を否定する |
大きな声をあげて威圧すること(ロ③、p.8)、人格を否定するような言動(ロ②、p.8) |
手段・態様。強い苦痛を与える態様なら1回でも就業環境を害しうる(2(6)、p.10) |
| 長時間の会議や電話で帰さない |
長時間に渡る居座りや電話で拘束すること(ロ⑤、p.9) |
時間と、説明を尽くしたあとか |
| 会食や打合せでの性的な言動 |
性的な要求をすること(イ①、p.6) |
セクハラにも当たりうる(次の章) |
値下げや納期の交渉そのものは、取引の一部です。告示は、苦情のうち社会通念上許容される範囲で行われたものは正当な申入れでカスハラに当たらないとし、判断では言動の目的、経緯、業種・業態、行為者との関係性などを総合的に考えるよう求めています(2(1)・2(5)、p.2〜6)。自社側の不適切な対応(納期遅れや品質の不備など)が言動の原因や背景になっている場合もある点にも留意するよう書かれています(p.6)。正当な申入れとの見分け方は正当なクレームとカスハラの違いで扱っています。
一方で、「言動の内容」と「手段や態様」のどちらか一方だけが許容範囲を超える場合でも該当しうる、ともされています(p.6)。要求が契約の範囲内でも、伝え方が怒鳴り声や人格否定なら、それだけで対象になりえます。
取引先から受けたとき:協力を求める
行為者が他の事業主の労働者や役員である場合、事実関係の確認には、必要に応じてその会社に事実確認への協力を求めることが含まれます。再発防止に向けた措置への協力を求めることも同様です(告示4(3)イ・ハ、p.18、p.20〜21)。企業マニュアルは、①相談者から事実を確認する、②取引先に協力を依頼する、③取引先と共同で行為者から確認する、④事実が確認できたら再発防止への協力を求める、という流れを示しています(p.38)。
BtoBで難しいのは、相手が大口の発注元だと協力を頼みにくいことです。この点について、法・告示・解釈事項は次のように示しています。
- 協力を求められた会社は、応じるように努めなければなりません(法第33条第3項、努力義務)。
- 協力を求められたことを理由に、求めてきた会社との契約を解除するなどの不利益な取扱いをするのは望ましくない、とされています(告示5(1)、p.26)。
- 事実確認への協力を求めたのに相手の会社が応じない場合は、都道府県労働局に相談できます。労働局は、相談内容に応じて、協力を求められた会社に応じるよう助言するなどの対応をします(解釈事項 問19、p.24)。
行為者の勤務先を知っていても、その勤務先の業務と関係のない私的な場面での言動なら、勤務先に協力を求める必要はありません。行為者の勤務先が自社の取引先で、その業務に関連して行われた場合などに、必要に応じて協力を求めることが考えられます(解釈事項 問13、p.18)。
企業マニュアルは、取引先の従業員から被害を受けた場合も、十分な対応をしなければ会社が安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うおそれがある、と注意しています(p.38)。「大事な取引先だから担当者に我慢してもらう」は、会社のリスクでもあります。記録の残し方はカスハラの証拠・記録の残し方で扱っています。
取引先の社員からの性的な言動
セクハラの「性的な言動」を行う者には、取引先等の他の事業主やその労働者も含まれます(セクハラ防止指針 2(4)、p.2)。取引先の社員の性的な言動で自社の労働者の就業環境が害される場合はセクハラに当たる、と解釈事項も答えています(問40、p.49)。あわせて解釈事項は、顧客等の言動が性的な言動に該当する可能性がある場合はカスハラに該当し、カスハラ防止指針に基づいて対応する(その際はセクハラ防止指針も参照する)としています(問28、p.34)。セクハラの措置は男女雇用機会均等法第11条第1項の義務で、他の事業主から協力を求められたら応じる努力義務も同条第3項にあります。カスハラの相談窓口は、他のハラスメントの相談窓口と一体的に設置することも考えられる、と告示は述べています(4(2)イ、p.16)。社外の人からの性的な言動も、どちらの窓口で受けても取りこぼさないようにしておきます。
自社の従業員が加害側になるとき
告示は、労働者が取引の相手方に対してカスハラの言動を行う場合もあるとしています(6(4)、p.29)。法律上の位置づけは次のとおりです。
- 注意を払うよう配慮する(努力義務):事業主は、自社の労働者が他の事業主の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするよう努めます(法第34条第2項)。事業主(法人の場合は役員)自身と労働者も、同じ注意を払うよう努めます(同条第3項・第4項)。
- 方針に併せて示す(望ましい取組):カスハラから労働者を守る方針を明確にする際に、他の事業主の労働者に対してカスハラを行ってはならない旨の方針を併せて示すことが望ましい、とされています(告示6(4)、p.29)。
- 協力を求められたら応じる(努力義務):取引先から事実確認などへの協力を求められたら、応じるよう努めます(法第33条第3項、告示5(1)、p.25〜26)。協力した自社の労働者に不利益な取扱いをしない旨を定めて周知すること、事実が確認できたら就業規則等に基づいて懲戒その他の措置を講ずることは、望ましい取組です(告示5(2)、p.26)。
懲戒については、信用失墜行為や服務規律違反の懲戒規定など既存の規定で必要な措置を講じられるなら、就業規則を改正してカスハラ専用の規定を設ける必要は必ずしもない、とされています(解釈事項 問18、p.23)。企業マニュアルは、懲戒の判断のために会社が主体的に調査に関わること、取引先と相談のうえ弁護士等の中立的な外部機関に調査を依頼する方法、再発防止策を講じて取引先に実施状況を報告することを挙げています(p.38)。
企業マニュアルは、取引上優越した立場にある企業がその地位を利用して取引先に不当に不利益を与えることは、独占禁止法(優越的地位の濫用)や取適法に違反する可能性があるとしています。そのため、立場の弱い取引先に無理な要求をしない・させないよう従業員に徹底すること、「取引先の従業員に対してもカスハラを行ってはならない」といったメッセージを周知することを勧めています(p.39)。研修の中身はハラスメント研修の内容は?で扱っています。
1枚で見る:BtoBで関係する法律と、求められる強さ
取引先との関係では、カスハラの措置のほかに、セクハラ、フリーランスとの取引、取引条件の法律が重なります。何を守る法律かで分けると、次のとおりです。
| 場面 |
求められること |
根拠と強さ |
| 自社の労働者が取引先から言動を受ける |
方針の周知、相談体制、事後の対応、抑止の措置など |
労働施策総合推進法33条1項・告示4(義務、2026年10月1日から) |
| 取引先の社員からの性的な言動 |
セクハラの措置 |
均等法11条1項(義務) |
| 取引先から事実確認などへの協力を求められた |
応じる |
労働施策総合推進法33条3項・均等法11条3項(努力義務) |
| 自社の労働者が取引先の労働者へ言動を向ける |
注意を払うよう研修その他の配慮。方針に併せて示す |
34条2項(努力義務)、告示6(4)(望ましい) |
| 自社の職場で他社の労働者や個人事業主が言動を受ける |
同様の方針を示し、相談があれば対応に努める |
告示7(望ましい) |
| フリーランス(従業員を使用しない個人等)に業務委託している |
業務委託に関して行われるハラスメントについて、相談に応じる体制の整備その他の措置 |
フリーランス法14条(義務。従業員を使用する等の発注者) |
| 中小受託事業者との取引条件 |
買いたたき、協議に応じない一方的な代金決定、不当な給付内容の変更などをしない |
取適法5条(禁止。取引の内容と資本金・従業員数で対象が決まる) |
カスハラの措置とセクハラの措置は、労働者の就業環境を守る仕組みです。取適法と独占禁止法の優越的地位の濫用(独占禁止法第2条第9項第5号)は、取引の相手方である事業者を不当な取引条件から守る仕組みで、見る物差しが違います。同じ値下げ要求でも、取引条件として取適法の問題になることと、担当者個人への言動としてカスハラの問題になることは、別々に起こりえます。
取適法は、下請代金支払遅延等防止法(下請法)が改正され、名称が変わったもので、2026年1月1日に施行されました(公正取引委員会)。自社の取引が対象になるかは、公正取引委員会の資料で確かめてください。フリーランス法第14条は、フリーランスへの性的な言動や、取引上の優越的な関係を背景とした必要かつ相当な範囲を超えた言動などについて、発注者が体制を整えることを求め、相談したことを理由とする契約解除その他の不利益な取扱いを禁じています(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第14条)。
都内の事業者には、東京都のカスハラ防止条例もかかわります。都の指針は、企業間取引を背景としたカスハラも条例で禁止されるとし、行為者と被行為者の例に企業間取引での発注者と受注者(フリーランスを含む)を挙げています(p.1、p.7)。国の法律との違いは東京都カスハラ防止条例と国の法律の違いで扱っています。
社内で決めておくこと
ここからは、上の資料をもとにした編集部の提案です。BtoB企業で抜けやすいのは、取引先がからむときの判断と連絡の経路です。
- 方針に取引先を書き込むか:取引先からの言動も対象になること、自社の従業員が取引先へカスハラをしないこと(告示6(4))を、方針に併せて示すかどうか。書き方はカスハラ基本方針の例文を参照
- 取引先への協力依頼を誰が出すか:営業担当者本人ではなく、人事や管理職など会社として依頼する窓口を決める
- 営業部門を通さない相談の経路:担当者が「売上に響く」と感じて上司に言えない場面を想定し、所属部署を通らずに相談できる先を用意する
- 取引先から協力を求められたときの窓口:受け付ける部署、調査する人、取引先への報告の仕方
- 発注・購買・外注管理の担当者への周知:取適法・フリーランス法の禁止事項と、取引先の担当者への言動の注意を一緒に伝える
窓口と報告経路の組み方はカスハラ相談窓口の作り方で、研修の法的な位置づけはカスハラ研修は義務?で扱っています。
ハラスメント対策室でできること
ハラスメント対策室では、従業員が取引先から受けた言動も、ほかの相談と同じ入口から相談できます。相談者本人が会社への共有を選ぶまで、会社には届きません。内容の整理はAIが行い、カスハラに当たるかどうかの判断と、取引先への協力依頼などの対応をするのは会社の担当者です。
研修は8編あり、発注・購買・外注管理の担当者向けの「発注者・進行責任者編」を含みます。契約や発注量を左右できる立場を背景にした威圧や無償の追加要求を扱い、受講記録が残ります。契約前に見られるのは、研修サンプルの共通編の冒頭です。
よくある質問
大口の取引先に協力を頼んだら、取引を切られませんか
協力を求められたことを理由に契約を解除するなどの不利益な取扱いは、望ましくないとされています(告示5(1)、p.26)。協力を求められた会社には、応じる努力義務があります(法第33条第3項)。それでも応じてもらえないときは、都道府県労働局に相談でき、労働局は相談内容に応じて、協力の求めに応じるよう助言するなどの対応をします(解釈事項 問19、p.24)。
取引先からの値下げ要求は、すべてカスハラですか
すべてではありません。値下げの交渉は取引の一部で、告示が例に挙げるのは「契約金額の著しい減額の要求」です(イ③、p.7)。要求の目的や経緯、自社側の対応に原因がないかも含めて総合的に判断します(2(5)、p.5〜6)。ただし、伝え方が怒鳴り声や人格否定なら、要求の中身にかかわらず対象になりえます。
営業担当が取引先からの暴言を「よくあること」と我慢しています
会社が把握していないと、事実確認も取引先への協力依頼もできません。告示は、方針を周知し、相談に応じる体制を整えることを措置として求めています(4(1)・4(2))。まず、取引先からの言動も相談してよいことを、営業部門を含む全員に伝えてください(解釈事項 問8、p.12)。
次の一手
次の点を確かめてください。
方針、相談体制、相談を受けたあとの対応など、会社として決めておくことの対応状況は、ハラスメント対策室の対応状況チェックで確かめられます(無料・登録不要)。