ハラスメント研修の内容は、全員向けの共通部分と、役割ごとに足す部分の2層で組みます。共通部分は、ハラスメントの内容、その原因や背景、自社の方針、起きたときの対処の内容です。何を「原因や背景」として伝えるかは、厚生労働省の指針がハラスメントの種類ごとに書き分けています。そのうえで、管理職、相談窓口の担当者、顧客に対応する社員、採用面接に関わる社員、経営層には、それぞれ別の根拠にもとづく内容を足します。
研修は、方針などを労働者に周知・啓発していると認められる例として、各指針が挙げるものの一つです。措置義務の本体は方針の明確化とその周知・啓発で、研修はその方法です。これとは別に、各法律は事業主が「研修の実施その他の必要な配慮」をするよう努めることを定めています(2026年10月1日施行後の条番号で、労働施策総合推進法32条2項・34条2項、男女雇用機会均等法12条2項・14条2項・16条2項など)。義務かどうかの整理は「カスハラ研修は義務?」、形式・時間・受講記録は「カスハラ研修をオンラインで実施する方法」で扱っています。
2026年10月1日からは、カスタマーハラスメント(カスハラ)と、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置も事業主の義務に加わりました。研修の中身を見直すなら、この2つを足す機会にもなります。
全員向けの共通部分:指針ごとに「伝える中身」が違う
指針は、周知・啓発のための研修の例を、どの種類でもほぼ同じ形で書いています。違うのは、研修で伝える中身です。特に、ハラスメントの「発生の原因や背景」として何を挙げるかが種類ごとに異なります。
| 種類 | 研修で伝える中身(指針が周知・啓発の対象に挙げるもの) | 指針の箇所 |
|---|---|---|
| パワハラ | パワハラの内容と、発生の原因や背景。行ってはならない旨の方針。行為者には厳正に対処する旨の方針と対処の内容。原因や背景には、労働者同士のコミュニケーションの希薄化などの職場環境の問題もあるとする | 告示5号 4(1)柱書・イ・ロ(p.5〜6) |
| セクハラ | セクハラの内容と、性別役割分担意識に基づく言動が原因や背景となり得ること。方針。厳正に対処する旨の方針と対処の内容 | 告示615号 4(1)イ・ロ(p.3〜4) |
| 妊娠・出産等、育児休業等 | ハラスメントの内容と、妊娠・出産や育児休業等に関する否定的な言動が原因や背景となり得ること。方針。制度等の利用ができる旨。厳正に対処する旨の方針と対処の内容 | 告示312号 4(1)イ・ロ(p.4〜5)、告示509号(p.4) |
| カスハラ | 毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針。カスハラの内容と、自社があらかじめ定めた対処の内容(この2つは「周知」) | 告示51号 4(1)イ・ロ(p.12〜15) |
表から分かるとおり、パワハラ・セクハラ・妊娠出産等の研修は、社員が行為者にならないことが中心です。カスハラの研修は、顧客等から被害を受けたときに社員がどう動き、会社がどう守るかが中心になります。同じ「ハラスメント研修」でも、カスハラの部分は向きが逆です。
カスハラについて指針は、その事業所で発生しやすい例や、商品・サービス・接客等の問題や顧客等とのコミュニケーションの不足が原因や背景となり得ることを、併せて周知することも考えられるとしています(4(1)ロ、p.14)。対処の内容は各事業主が実態に応じて定めるものなので、研修の前に決めておく必要があります。決め方は「カスハラ対応マニュアルの作り方」にまとめています。
全員に併せて伝えておくこと
指針は、研修以外の措置として、相談窓口を定めて労働者に周知すること(4(2)イ)、相談者・行為者等のプライバシーを保護する措置を講じていると周知すること、相談したことなどを理由に解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定めて周知・啓発することも求めています(パワハラ指針4(4)、p.8)。これらは研修の方法を限った措置ではありませんが、全員が集まる研修で併せて伝えれば、一度で済みます(当社の提案)。
パワハラの内容を伝えるときは、指針が6つの類型ごとに示す「該当すると考えられる例」と「該当しないと考えられる例」をそのまま教材に使えます(2(7)、p.2〜4)。たとえば、労働者の性的指向・ジェンダーアイデンティティや病歴、不妊治療等の機微な個人情報を本人の了解を得ずに他の労働者に暴露することは、「個の侵害」の該当例に挙がっています。指針は、こうした暴露が起きないよう労働者に周知・啓発する等の措置を講じることが必要だとしています(p.4)。
セクハラの内容には、同性に対するものも含まれます(セクハラ指針2(1)、p.1)。
対象別に足す内容
全員向けの共通部分に、役割ごとの内容を足します。根拠の強さはそれぞれ違うので、右の列で分けています。
| 対象 | 足す内容 | 根拠と位置づけ |
|---|---|---|
| 一般社員(全員) | 適正な業務指示や指導はパワハラに当たらないこと。取引先など他社の労働者や求職者への自分の言動にも注意を払うこと | パワハラ指針5(2)の留意点(望ましい取組の留意点、p.9)、各法の努力義務(研修の実施その他の必要な配慮) |
| 管理職 | 業務上の指導とパワハラの違い、行為者と会社の責任、予防の方法、ハラスメントが起きたときや部下から報告を受けたときの対応 | パワハラ対策導入マニュアルの管理監督者向け研修(推奨)、パワハラ指針5(2)イ②のマネジメントや指導についての研修(望ましい取組) |
| 相談窓口の担当者 | 相談を受けたときの対応、相談者・行為者等のプライバシー保護、二次被害の防止 | パワハラ指針4(2)ロ③・4(4)イ②ほか各指針の同じ趣旨の例(措置の例)、厚生労働省パンフレット(推奨) |
| 顧客対応をする社員 | カスハラの類型別の対応方法、苦情対応の流れ、記録の作成方法、顧客等への理解(消費者の心理や障害特性等) | カスハラ対策企業マニュアルの研修の内容例から当社が選んだもの(推奨)、カスハラ指針6(1)(望ましい取組) |
| 採用面接・説明会等で求職者と接する社員 | 面談の時間・場所、実施体制、やり取りに使うSNSの種類などの自社の規則 | 求職者等セクハラ指針4(1)ハ①(措置の例)、解釈Q&A問33 |
| 経営層・役員 | 役員自身の関心と理解。カスハラの事業への影響と、優先順位を判断したうえでの対応 | 法律上の役員の努力義務(例:労働施策総合推進法32条3項)、カスハラ対策企業マニュアル(推奨) |
一人が複数の役割を持つことはよくあります。店長が管理職であり顧客対応者であり、面接官も務めるなら、その人には3つの追加部分が必要です。対象者の名簿は、役職ではなく役割で作ると漏れにくくなります(当社の提案)。
一般社員:行為者にならないことと、正当な指導の理解
パワハラ指針は、望ましい取組を行うに当たっての留意点として、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導はパワハラに該当しないこと、労働者がこうした指示や指導を踏まえて真摯に業務を遂行する意識を持つことも重要であることを挙げています(5(2)、p.9)。一般社員向けの研修では、何がパワハラに当たるかと同じ重さで、何が当たらないかも扱います。
パワハラ指針の事業主の責務は、労働者が他の労働者(他の事業主が雇用する労働者と求職者を含む)に対する言動に注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするよう努めることを定めています(パワハラ指針3(1)、p.4〜5)。カスハラについても、労働施策総合推進法34条2項は、自社の労働者が他の事業主が雇用する労働者に対する言動に注意を払うよう配慮する努力義務を定めています。取引先や発注先で自社の社員が加害者にならないことも、一般社員向けの中身に入ります。
管理職:指導との違いと、起きたときの動き方
厚生労働省のパワーハラスメント対策導入マニュアル(第4版)は、研修を管理監督者向けと一般従業員向けに分けて実施すると効果的だとし、それぞれの内容を挙げています(印字p.29〜30)。管理監督者向けは次のとおりです。
- パワハラとは何か(定義・行為類型)
- パワハラの社会的な現状をデータで認識する
- 行為者と会社の責任
- 具体事例で、パワハラと業務上の指導との違いを認識する
- 予防方法
- パワハラに関係する自社のルール(規定、相談窓口など)
- トップメッセージ
一般従業員向けも、「社会的な現状」が「パワハラが与える影響」に替わるほかは同じ項目です。つまり、公的マニュアルの上では、管理職向けと一般向けの違いは項目の種類より深さにあります。同マニュアルは、企業規模が小さいなどの場合は区分けせずに行うことも考えられるとしています(印字p.29)。
管理職だけに足すとよいのは、立場上の役目にかかわる部分です。同マニュアルの管理職向け研修資料は、目的の一つに「パワーハラスメントが起きた際の対応について学ぶ」を挙げています(PDF p.63)。カスハラ指針も、労働者から報告があった場合などに管理監督者等が直ちに適切な対応を行うことが必要な場合もあることを踏まえて、対処の内容を定めるとしています(4(1)ロ、p.14)。報告を受けたときに誰へつなぎ、何を記録するかを、自社の対処の内容に沿って確かめておきます。
パワハラ指針は望ましい取組として、感情をコントロールする手法、コミュニケーションスキルアップ、マネジメントや指導についての研修等を挙げています(5(2)イ②、p.9)。管理職研修のうち指導の仕方を扱う部分は、この取組にあたります。
相談窓口の担当者:相談を受けたときの対応とプライバシー
どの指針も、相談窓口の担当者が適切に対応できるようにしていると認められる例として「相談を受けた場合の対応についての研修を行うこと」を、プライバシーを保護する措置の例として「相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと」を挙げています(パワハラ指針4(2)ロ③・4(4)イ②、p.6・p.8)。いずれも、留意点を記載したマニュアルや人事部門との連携の仕組みと並ぶ例の一つです。
厚生労働省のパンフレットは、相談担当者に対応の仕方やカウンセリング手法等の研修をするよう勧め、相談窓口の担当者の言動等によって相談者がさらに被害を受ける「二次被害」の防止も適切な対応に含まれるとしています(印字p.29)。パワハラ対策導入マニュアルは、セクハラとパワハラが複合的に起きることもあるため、担当者は自分のイメージにとらわれず事実関係の把握に努めるよう求めています(印字p.35)。担当者向けの研修は、種類ごとに分けず、複数の種類をまたいで扱うと実態に合います(当社の提案)。
カスハラの相談では、担当者がその場でカスハラかどうかの判断や顧客等への対応を求められることもあるため、カスハラ対策企業マニュアルは、社内の基準や対応手順を理解し、ケーススタディ等で対応を想定しておく定期的な研修を有効としています(印字p.36)。窓口そのものの作り方は「カスハラ相談窓口の作り方」を参照してください。
顧客対応をする社員:対応の手順と顧客への理解
カスハラ対策企業マニュアルは、研修の内容例として次の10項目を挙げています(印字p.34)。
- カスハラとは(定義や該当行為例、正当な苦情との相違)
- カスハラの判断例(判断基準やその事例)
- カスハラの類型別の対応方法
- 苦情対応の基本的な流れ
- 顧客等への接し方のポイント(謝罪、話の聞き方、事実確認の注意点等)
- 顧客等への理解(消費者の心理や障害特性等)
- 記録の作成方法
- 事例における顧客対応での注意点
- よくある質問と模範解答(自社の商品やサービスに関するものを含む)
- ケーススタディ
同マニュアルはこれらを、全員が受講する研修の内容例として挙げています。このうち、方針・カスハラの内容・対処の内容は全員向けの共通部分に入れ、類型別の対応、苦情対応の流れ、接し方、記録の作成方法、ケーススタディは顧客対応をする社員に重点的に足す、という分け方が当社の提案です。同マニュアルは、過去に自社で発生した事案を踏まえた事例やケーススタディを設けると、より実践的になるとしています。
カスハラ指針は望ましい取組として、接客・商品やサービス・苦情対応についての研修(6(1)イ①)と、消費者の心理や障害特性等についての資料配布や研修(6(1)ロ①)を挙げています(p.27〜28)。指針はその前提として、社会通念上許容される範囲で行われる正当な申入れはカスハラに該当しないことにも触れています(6(1)、p.27)。正当な苦情との区別は「正当なクレームとカスハラの違い」で扱っています。
採用面接・説明会で求職者と接する社員:面談のルール
2026年10月1日から義務になった求職者等へのセクハラ防止措置では、指針が、面談時間及び場所の指定、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類の指定など、求職者等と面談等を行う際の規則を定め、周知・啓発するための研修、講習等を実施することを例に挙げています(告示52号 4(1)ハ①、p.10)。解釈Q&Aの問33は、規則を定めることに加えて、労働者に対して周知・啓発するための研修や講習などを実施することが「必要である」としています(印字p.41)。
対象は人事部門だけではありません。面接官を務める現場の管理職や、会社説明会・インターンシップに関わる社員も含めて名簿に入れます。採用担当者がやることの全体は「就活セクハラ対策の義務化」にまとめています。
経営層・役員:自分自身の関心と理解
労働施策総合推進法と男女雇用機会均等法は、事業主(法人の場合はその役員)自身も、ハラスメントの問題への関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うよう努めることを定めています(例:労働施策総合推進法32条3項)。役員は労働者向けの研修の対象から外れやすいので、別に機会を設けます(当社の提案)。
カスハラ対策企業マニュアルは、経営層に対しては、カスハラの事業への影響や、優先順位を判断したうえでの対応が求められることを外部講師による研修等を通じて伝え、意識改革を図るなど、積極的に取組を促すことが有効としています(印字p.34)。全員向けの研修で流すトップメッセージを経営者自身が話す形にすると、経営層の関与と全員への周知を同時に進められます(当社の提案)。
事案が起きた後:職場全体と行為者
各指針は、再発防止に向けた措置の例として、労働者に対して意識を啓発するための研修、講習等を改めて実施することを挙げています(パワハラ指針4(3)ニ②、p.8)。事案が起きた部署や、同じ種類の事案が起きうる部署では、共通部分の研修をもう一度行います。
行為者本人への研修について、パワハラ対策導入マニュアルは、本人の立場にも配慮し、社内で対象者を集める研修はお互い顔を合わせることになるのでできれば避け、社外セミナーへの参加とレポートの提出なども一つの方法だとしています(印字p.50)。