カスハラ(カスタマーハラスメント)とは、顧客や取引先などからの言動のうち、社会通念上許容される範囲を超えたもので、それによって労働者(事業主が雇用する人)の就業環境が害されるものをいいます。3つの要件をすべて満たすものだけが当たり、客観的にみて許容される範囲の苦情は「正当な申入れ」とされます。2026年10月1日から、カスハラから労働者を守るための雇用管理上の措置が事業主の義務になりました(労働施策総合推進法 第33条第1項)。
「カスハラ」は「カスタマーハラスメント」の略です。法律の条文はこの言葉を使わず「顧客等言動」と呼び、厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号。以下「指針」)が「職場におけるカスタマーハラスメント」として中身を定めています。この記事で引用する定義は、すべて指針の文言です。
指針が定める定義:3つの要件
指針は、職場におけるカスタマーハラスメントを次のように定めています(指針2(1))。
職場において行われる①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすものをいう。
① 顧客等の言動
「顧客等」は、顧客、取引の相手方、施設の利用者、その他事業に関係を有する者です。これから購入・取引・利用する可能性がある人も含まれ、指針は例として、問い合わせをする者、取引先の担当者、企業間の契約交渉の担当者、施設・サービスの利用者とその家族、施設の近隣住民などを挙げています(指針2(4))。一般消費者に限られないため、法人を相手に取引する企業(BtoB)も対象です(企業マニュアル「はじめに」)。
言動が行われる「職場」は、労働者が業務を遂行する場所です。取引先の事務所、打合せのための飲食店、顧客の自宅も含まれます(指針2(2))。訪問看護や訪問介護の利用者とその家族も「顧客等」に含まれます(解釈Q&A 問3)。対面だけでなく、電話やSNSなどインターネット上の言動も対象です(指針2(1))。
② 社会通念上許容される範囲を超えた言動
言動の内容が「契約内容からして相当性を欠くもの」、または「手段や態様が相当でないもの」を指します(指針2(5))。内容と手段・態様のどちらか一方だけが範囲を超える場合でも該当し得ます。
判断にあたっては、言動の目的、労働者の問題行動の有無を含む経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性などを総合的に考慮するのが適当とされています。事業主や労働者の側の不適切な対応が、言動の原因や背景になっている場合があることにも留意が必要です(指針2(5))。
③ 労働者の就業環境が害される
言動によって身体的または精神的な苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業するうえで看過できない程度の支障が生じることを指します(指針2(6))。基準は「平均的な労働者の感じ方」、つまり同じ状況で社会一般の労働者が看過できない支障が生じたと感じるかどうかです。頻度や継続性も考慮されますが、強い身体的・精神的苦痛を与える言動なら、1回でも就業環境を害する場合があり得ます。
守られる「労働者」は、パートタイム労働者や契約社員を含む、事業主が雇用する労働者の全てです。派遣労働者については、派遣先も自社の労働者と同様に措置を講じる必要があります(指針2(3))。
どこまでがカスハラか:要件ごとの早見表
| 要件 | 含まれるもの(見落としやすい範囲) | 当たらないもの・注意点 |
|---|---|---|
| ① 顧客等の言動 | ・潜在的な顧客、取引先や契約交渉の担当者(BtoBも) ・利用者の家族、施設の近隣住民 ・訪問先や顧客の自宅、電話・SNS |
・障害者が不当な差別的取扱いをしないよう求めること、社会的障壁の除去を求める意思の表明 |
| ② 社会通念上許容される範囲を超えた言動 | ・内容が契約内容からして相当性を欠く ・手段・態様が相当でない(一方だけでも) |
・客観的に許容範囲の苦情は「正当な申入れ」 ・自社側の不適切な対応が背景にないかも見る |
| ③ 就業環境が害される | ・平均的な労働者が看過できない支障と感じるもの ・強い苦痛を与える言動なら1回でも |
・拒否したらすぐ取り下げた場合などは該当しない可能性(企業マニュアルの解説) |
根拠は、①が指針2(1)・2(2)・2(4)と解釈Q&A問1・問3、②が指針2(1)・2(5)、③が指針2(6)と企業マニュアル(印字p.24)です。
当たらないもの
- 客観的に許容範囲の苦情:顧客等からの苦情の全てが該当するわけではなく、客観的にみて社会通念上許容される範囲で行われたものは「いわば正当な申入れ」であり、当たりません(指針2(1))
- 障害者からの申出:障害者差別解消法で禁止される不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明は、それ自体は当たりません。負担が過重でないときは、合理的配慮が必要な点にも留意が求められます(指針2(1))
- 撮影のすべて:指針が例示する「無断での撮影」について、解釈Q&Aは、撮影をやめるよう言われたのに撮り続ける場合などを例に挙げています。店舗や施設での撮影の全てが直ちに該当するものではありません(解釈Q&A 問5)
- すぐに取り下げられた要求:企業マニュアルは、要求内容に妥当性がない場合でも、拒否したらすぐに取り下げた等の場合は就業環境が害されたとは言えず、該当しない可能性があると解説しています(印字p.24)
一方で企業マニュアルは、カスハラとして扱うかどうかにかかわらず、就業に支障が生じるおそれがあれば、相談に応じる、複数名で対応するなどの措置が必要になるとしています(印字p.24)。
具体例:指針が挙げる類型
指針は典型的な例を「言動の内容」と「手段や態様」に分けて挙げています(指針2(5)イ・ロ)。かぎかっこ内は、各類型に添えられた例の一つです。
言動の内容が範囲を超える類型は、次のとおりです。
- そもそも要求に理由がない、または商品・サービス等と全く関係のない要求:「性的な要求や、労働者のプライバシーに関わる要求をすること」
- 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求:「契約内容を著しく超えたサービスの提供を要求すること」
- 対応が著しく困難な、または対応が不可能な要求:「契約金額の著しい減額の要求をすること」
- 不当な損害賠償要求:「商品やサービス等の内容と無関係である不当な損害賠償要求をすること」
手段や態様が範囲を超えるものには、次の類型があります。
- 身体的な攻撃(暴行、傷害等):「殴る、蹴る、叩く等の暴行を行うこと」
- 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等):「土下座を強要すること」
- 威圧的な言動:「大きな声をあげて労働者や周囲を威圧すること」
- 継続的、執拗な言動:「同様の質問を執拗に繰り返すこと」
- 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁):「長時間に渡る居座りや電話で労働者を拘束すること」
指針は、これらが限定列挙ではないこと、個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得ることに十分留意するよう求めています。