顧客等の言動で警察を呼ぶか迷ったときの判断を、110番と#9110の使い分け、告示51号で警察が出てくる4か所、公的資料が挙げる言動の型と罪名、通報したあとの動き、会社が前もって決めておくことの順に整理します。罪名は東京都の指針と厚生労働省の企業マニュアルが挙げたものだけを、刑法の条文で確かめて載せています。
暴行、傷害、脅迫など犯罪に該当し得る言動があったら、警察へ通報します。令和8年厚生労働省告示第51号(カスハラ防止指針)が、会社の定める対処の内容の例として挙げている対応です(4(1)ロ、p.15)。いま身の危険や被害があれば110番、緊急でない相談は #9110 か最寄りの警察署を使います。犯罪に当たるかどうかを現場で確定する必要はなく、身の危険を感じたら、会社が決めた対応時間を待たずに通報してかまいません。
2026年10月1日から、こうした対処の内容をあらかじめ定めて、管理監督者を含む労働者に周知することが事業主の義務になりました(労働施策総合推進法第33条第1項、告示4(1)ロ)。この記事では、警察に関する判断だけを扱います。現場で動く順番はカスハラの初動対応、報告から再発防止までの流れはカスハラ対応フローで整理しています。
110番・#9110・社内の対応の分け方
警察庁は、事件や事故に関する緊急通報は110番、生活の安全に関わる悩みごと・困りごとなど緊急でない相談は最寄りの警察署か #9110 を使うよう案内しています。警視庁の案内でも、たった今被害に遭った場合の連絡先は110番です(相談ホットラインのご案内)。
これをカスハラの場面に当てはめて、編集部で次のように整理しました。根拠の列は各行の考え方のもとにした資料です。どの行に当たるかを判断する基準は、会社が定めた対処の内容です。
| 場面 |
連絡先・対応 |
根拠 |
| 殴られた、物を投げつけられた、危害を加えられそうなど、いま身の危険がある |
110番。距離を取り、警備員等と連携して複数名で対応する |
警察庁の案内、企業マニュアル p.28・p.30 |
| 退去を繰り返し求めても居座る |
会社の手順で最終の警告をし、従わなければ通報する。緊急なら110番、それ以外は所轄の警察署か #9110 |
東京都のひな形 5(3) |
| 同じ人が何度も来る、つきまとい・待ち伏せ、SNSでの中傷など、いまは危険が迫っていない |
#9110 か最寄りの警察署に相談する |
警察庁の案内、企業マニュアル p.29 |
| 暴力や脅しはないが、要求の中身に根拠がない(不当な損害賠償要求など) |
対処の内容に沿って断り、続くなら弁護士へ相談する |
告示4(1)ロ(p.15)、企業マニュアル p.28 |
最後の行でも、途中で脅しや居座りが加われば、上の行の扱いに移ります。表の「企業マニュアル」は厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)、「東京都のひな形」は東京都のカスタマーハラスメント対策マニュアル(ひな形)です。
告示51号で警察が出てくる4か所
告示51号は、警察への通報を4か所で挙げています。どれも、事業主が講じなければならない措置の中の「例」です。措置そのものは義務ですが、例の書き方に合わせることまでは求められていません。対処の内容の例について、告示は「限定列挙ではなく」、各事業主が実態に応じて定めるとしています(p.14)。
- 4(1)ロ 対処の内容の例(p.15)。「暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること。」。同じ箇所に、本社・本部等への情報共有と、法的な手続が必要な場合の弁護士への相談も並んでいます
- 4(3)ロ 被害者に対する配慮の措置の例①(p.19)。管理監督者等が被害者に代わって対応する、引き離すといった措置と「あわせて」、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する
- 4(3)ロ 同じく例②(p.20)。担当者の変更や配置転換等とあわせて、警察への通報や、法務部門等と連携した弁護士への相談も「考えられる」
- 4(4) 特に悪質と考えられるものへの対処の例(p.23)。警察への通報のほか、警告文の発出、法令の制限内で商品の販売やサービスの提供をしないこと、出入り禁止、民事保全法に基づく仮処分命令の申立て
4(4)では、特に悪質と考えられるものへの対処の方針を定めて周知し、その対処を行える体制を整備することが義務です(p.22)。警察へ通報する場面を方針に書くなら、誰が通報してよいか、本社へいつ知らせるかまで決めておくことを編集部は勧めます。
会社がとれる手段そのものは、法改正で増えていません。解釈Q&Aは、改正法について「事業主が何らかの措置を行う法的な権利や権限を新たに設けるというものではなく」と説明しています(解釈Q&A 問17、p.22)。企業マニュアルも、顧客等とは雇用関係がないため懲戒等の直接的な措置は取れず、必要に応じて警察への通報や法的な手続を行うことになる、と整理しています(p.42)。告示の各項の性質は告示51号を項ごとに読むで扱っています。
犯罪に該当し得る言動と、公的資料が挙げる罪名
「カスハラ」という名前の罪はありません。刑事上の責任が問題になるのは、その言動が刑法などに定める罪に当たるときです。東京都のカスタマー・ハラスメントの防止に関する指針は、言動の型ごとに例を挙げ、それぞれ次の罪にも「該当する可能性がある」としています(p.8〜10)。
| 言動の型 |
都の指針の例(抜粋) |
挙げられている罪名 |
| 身体的な攻撃 |
物を投げつける、唾を吐く、殴打する、足蹴りを行う |
暴行罪(刑法第208条)、傷害罪(第204条) |
| 精神的な攻撃 |
本人や親族に危害を加えるような言動、大声で執拗に責め立てて金銭等を要求する、多数の人の前で名誉を傷つける |
脅迫罪(第222条)、恐喝罪(第249条)、名誉毀損罪(第230条)、侮辱罪(第231条) |
| 威圧的な言動 |
声を荒らげる、にらむ、話しながら物を叩く |
脅迫罪(第222条)、威力業務妨害罪(第234条) |
| 土下座の要求 |
謝罪の手段として土下座を強要する |
強要罪(第223条) |
| 執拗な言動 |
何度も電話をして要求を繰り返す、長時間の厳しい叱責を繰り返す |
威力業務妨害罪(第234条)、偽計業務妨害罪(第233条) |
| 拘束する行動 |
退去を求められても長時間居座る、個室等で拘束して要求を繰り返す |
監禁罪(第220条)、不退去罪(第130条)、威力業務妨害罪(第234条)、偽計業務妨害罪(第233条) |
| 差別的な言動、個人への攻撃 |
人種・職業・性的指向等に関する侮辱、名指しの中傷をSNS等で行う、顔や名札の画像を無断でSNS等に公開する |
名誉毀損罪(第230条)、侮辱罪(第231条) |
| 性的な言動 |
わいせつな言動や行為、つきまとい |
不同意わいせつ罪(第176条)、ストーカー規制法等 |
条番号は、e-Gov法令検索の刑法(2026年5月21日施行の版)で確かめています。厚生労働省の企業マニュアルも、カスハラが抵触する法律として、不同意わいせつ・傷害・暴行・脅迫・強要・名誉毀損・侮辱・信用毀損及び業務妨害・恐喝・威力業務妨害・不退去・逮捕監禁の各罪と、軽犯罪法を挙げています(p.12〜13)。
表は「当たる可能性がある」罪の一覧で、当たると決める表ではありません。罪に当たるかを最終的に判断するのは、捜査機関と裁判所です。現場で求められるのは、何が起きたかを警察に正確に伝えることです。都の指針は東京都の条例に基づく資料ですが、刑法は全国に同じように適用されます。各罪の法定刑は、カスハラに罰則はあるかの表にまとめています。
現場で迷いやすい4つの場面
退去を求めても帰らない
東京都のひな形は、警察との連携を次の順で示しています(5(3))。
- 対応の中止を伝える(現場監督者を含めた複数名で判断する)
- 迷惑行為をやめるよう伝える(2、3度繰り返す)
- 施設管理権に基づき退去を命じる(2、3度繰り返す)
- 繰り返し退去を命じても退去しなければ最終警告し、なお退去しなければ通報する
何分で区切るかは、会社が決めます。企業マニュアルは、膠着から30分程度、計1時間程度という時間を示しつつ、これは「あくまで一例」で、業種・業態も踏まえて各企業が決めるべきだとしています(p.29〜30)。同じ箇所で、身の危険を感じたときはためらわず警察への通報や警備員への連絡をすることが重要で、定めた対応時間に達しないと次のステップに進めないわけではない、とも書いています。ひな形も、暴力を振るおうとしている場合はその時点で対応を中止し、暴行は現場監督者の判断を待たずにただちに通報する例を挙げています(5(2)③、5(4)④)。
SNSで中傷された
企業マニュアルの対応例は、目的ごとに行き先を分けています(p.29)。投稿者の処罰を望むなら警察に通報する、損害賠償を求めるなら必要に応じて弁護士に相談し発信者情報の開示を受けて請求する、削除を求めるなら法務局等に相談する、の3つです。
中傷が名誉毀損罪や侮辱罪に当たり得る場合、刑法第232条は「この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。」と定めています。犯罪により害を被った者は告訴をすることができ(刑事訴訟法第230条)、親告罪の告訴は犯人を知った日から6か月を過ぎるとできません(同第235条)。名指しされた従業員が被害者なら、処罰を求めるかどうかには本人の意思が関わります。会社だけで決めず、本人の意向を確かめてから警察へ相談するのがよい、というのが編集部の考えです。
同じ人が何度も来る、つきまとう
企業マニュアルは、執拗なつきまといや待ち伏せには施設への出入り禁止を伝え、それでも繰り返す場合には弁護士への相談や警察への通報等を検討する、としています(p.29)。理不尽な問い合わせが繰り返されるときも、窓口を一本化して毅然と対応し、状況に応じて弁護士や警察への相談等を検討する、としています(同)。いまは危険が迫っていない相談なら、#9110 か最寄りの警察署が窓口です。弁護士に頼めることと会社に残ることは、カスハラ対応を弁護士に相談するときにまとめています。
従業員が1人の店舗
管理監督者が代わることも、引き離すこともできない店舗について、解釈Q&Aは、退店を求める・電話を切る、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する、本社・本部等へ情報共有して指示を仰ぐ、といった対処の内容を定めておくことが考えられる、としています(問14、p.19)。対処の内容は管理監督者を含む労働者に周知するものなので(告示4(1)ロ)、1人で店に立つ従業員にも届くようにしておきます。
通報するとき、通報したあと
110番で伝えること
警視庁は、110番通報で係員が尋ねる内容として次の5つを挙げています(こんなときこそ110番)。
- 何があったのか
- 通報の何分前のことか
- 場所(住所や目標となる店舗や建物、階数など)
- 被害や目撃の状況、けが人は
- 犯人を覚えているか(性別、人数、年齢、服装や逃走方向など)
店舗の住所と階数をレジ横や電話の近くに貼っておくと、慌てていても場所を伝えられます。これは編集部の提案です。
警察官が来たら
東京都のひな形は、警察官の到着後にこれまでの状況を説明し、録画・録音があれば内容を確認してもらい、顧客を退去させたい旨を明確に伝える、としています(5(3)⑤)。到着前に相手が立ち去った場合でも、再訪するおそれがあれば、その旨を警察と情報連携しておく例も挙げています。
被害を届け出る場合、警察官は、犯罪による被害の届出をする者があったときは、管轄区域の事件かどうかを問わず受理しなければならないとされています(犯罪捜査規範第61条)。
社内でつなぐこと
企業マニュアルは、相手の行為が刑法犯(強要罪等)に該当する可能性があるときは、本社・本部の相談窓口と連携し、法務部門・人事労務部門とともに警察や弁護士等に相談、連絡、通報等する、という相談先の例を示しています(p.31)。本社・本部まで報告する判断基準の例にも、警察など社外の組織との連携が必要になるときが入っています(同)。
通報したあとも、会社の措置は続きます。被害を受けた従業員への配慮(4(3)ロ)と、再発防止(4(3)ハ)です。事後の流れはカスハラ対応フロー、警察に見せる記録の残し方はカスハラの証拠・記録で扱っています。
会社が前もって決めておくこと
義務。 2026年10月1日から、カスハラへの対処の内容を定めて管理監督者を含む労働者に周知すること(4(1)ロ)と、特に悪質と考えられるものへの対処の方針を定めて周知し、対処できる体制を整備すること(4(4))が義務です。告示が警察への通報を例に挙げているのは、この2つと、被害者への配慮の措置です。
公的資料が勧めること。 東京都の指針は、顧客等の行為が犯罪行為に該当する場合、就業者の安全を確保するため、現場の判断で警察へ通報することをためらわないよう社内で周知しておく、という対応例を挙げています(p.22)。企業マニュアルの点検項目には、「警察通報、法務部門・弁護士への相談等、悪質事案に対応できる体制があるか。」が入っています(p.52)。
編集部の提案。 対処の内容には、次の4点を書いておくと現場で迷いにくくなります。
- 身の危険があるときは、誰でも、上司の判断を待たずに110番してよいこと
- 110番と #9110 の使い分け(上の表の考え方)
- 通報したら、いつ・誰に報告するか(店長、本社・本部の窓口)
- 従業員が被害者のとき、被害届や告訴について本人の意向を確かめる人
マニュアルへの書き方はカスハラ対応マニュアルの作り方で扱っています。
ハラスメント対策室でできること
ハラスメント対策室では、従業員が会社のQRコードやURL、ログイン後の画面から相談できます。危険を感じる内容が書かれたときは、110番・#9110・労働局といった公的な窓口を本人に案内しますが、自動で通報はしません。相談内容の整理はAIの役割で、共有された相談の判断と対応は会社の担当者が行います。
本人が共有を選ぶまで、相談は会社に届きません。共有するときは、匿名か記名かを本人が選べます(ログインせずに使う窓口は匿名だけです)。対応マニュアルなどの文書は、既存の文書の登録、標準版の採用、不足分だけの補完のどれかで整えられます。
よくある質問
犯罪に当たるか分からないときも、通報してよいですか
告示は「犯罪に該当し得る言動」と書いており、当たると確定してから通報することは求めていません。身の危険があれば110番です。危険は迫っていないが警察に相談すべきか迷うときは、#9110 が使えます。警視庁は、#9110 で相談内容に応じて相談窓口等を案内するとしています。
通報すれば、相手は処罰されますか
処罰されるかは、捜査機関と裁判所の判断で決まります。東京都の指針も、現場で通報する目的を就業者の安全の確保としています(p.22)。名誉毀損罪や侮辱罪は、告訴がなければ公訴を提起できません(刑法第232条)。
東京都の条例に違反したことを理由に通報できますか
警察に伝えるのは、暴行や脅迫など何が起きたかという事実です。東京都のカスハラ防止条例の禁止規定に罰則はなく、行為の内容によっては刑法等の法律で処罰される可能性がある、と都の指針は説明しています(p.1)。
次の一手
警察へ通報する場面を、自社の対処の内容と特に悪質なものへの方針に書いてあるかを確かめてください。無料の対応状況チェックでは、登録なしで、自社の対応状況を約2分で確認できます。
その場の動き方はカスハラの初動対応、報告から再発防止まではカスハラ対応フロー、警察に見せる記録はカスハラの証拠・記録、正当な申入れとの線引きは正当なクレームとカスハラの違いにまとめています。