カスハラで弁護士に頼めるのは、相手とのやり取りの代理、警告文、仮処分や訴訟、告訴の代理といった法的な手続と、方針やマニュアルの法的な確認です。令和8年厚生労働省告示第51号(カスハラ防止指針)も、「法的な手続が必要な場合には、法務部門等と連携し、弁護士へ相談すること。」を、会社が定める対処の内容の例に挙げています(4(1)ロ、p.15)。一方で、従業員を守るために会社が講じる措置は、弁護士に依頼しても会社に残ります。
2026年10月1日から、方針の明確化と周知、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応、特に悪質なものへの対処の方針と体制の整備といった措置が、事業主の義務になりました(労働施策総合推進法第33条第1項、告示4(1)〜(5))。義務を負うのは事業主です。弁護士は、そのうち法的な手続が要る部分を支える立場だと編集部は整理しています。
警察へ通報するかの判断はカスハラで警察に通報するのはどんなとき?で扱っています。罪名と刑、賠償の責任はカスハラに罰則はある?で整理しています。
公的資料が弁護士への相談を挙げている場面
告示と、厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)、東京都のカスタマー・ハラスメントの防止に関する指針は、次の場面で弁護士への相談や連携を挙げています。
- 告示4(1)ロ 対処の内容の例:法的な手続が必要な場合に、法務部門等と連携して弁護士へ相談する(p.15)
- 告示4(3)ロ 被害者に対する配慮の措置の例②:担当者の変更や配置転換などとあわせて、法的な手続が必要な場合に弁護士へ相談することも「考えられる」(p.20)
- 告示4(4) 特に悪質と考えられるものへの対処の例:警告文の発出、民事保全法に基づく仮処分命令の申立て(p.23)。弁護士という語は出てきませんが、仮処分は裁判所への申立てです
- 企業マニュアルの対応例:不当な損害賠償要求が続く場合は弁護士等の外部機関と連携する(p.28)。SNSでの名誉毀損等で損害賠償を求めるなら、必要に応じて弁護士に相談しつつ発信者情報の開示を受ける。つきまとい、威圧的な言動、理不尽な問い合わせの繰り返し、居座りでは、状況に応じて弁護士への相談や警察への通報等を検討する(p.29〜30)
- 企業マニュアルの体制の例:本社・本部まで報告する判断基準の例に「顧客等とのやり取りにおいて訴訟手続きが必要となる」がある(p.31)。相談窓口の担当者が外部機関(弁護士等)と連携できる体制を作る(p.36)
- 東京都の指針:暴力行為等で安全が脅かされたとき(p.17)や、退去に応じないとき(p.24)に、弁護士や警察と連携を取りながら対応する
どれも例や対応例です。告示は対処の内容の例について「限定列挙ではなく」、各事業主が実態に応じて定めるとしています(p.14)。顧問弁護士を置くことも、事案ごとに弁護士へ相談することも、告示は義務としていません。
法改正で、会社がとれる手段が増えたわけでもありません。解釈事項は、改正法について「事業主が何らかの措置を行う法的な権利や権限を新たに設けるというものではなく」と説明しています(問17、p.22)。企業マニュアルも、顧客等とは雇用関係がないため懲戒等の直接的な措置は取れず、必要に応じて警察への通報や法的な手続を行うことになるとして、個々の企業として弁護士等と連携することが重要だと整理しています(p.42)。
弁護士に頼めること
弁護士の職務は、当事者などの依頼を受けて、訴訟事件などに関する行為その他一般の法律事務を行うことです(弁護士法第3条第1項)。カスハラの場面では、次のような依頼が考えられます。
相手とのやり取りの窓口を弁護士に移す
弁護士が会社の代理人になると、相手との連絡を弁護士に集められます。代理人に就いたことを相手に知らせ、以後の連絡を弁護士あてにするよう求めます(この通知は受任通知と呼ばれることがあります)。現場の従業員が同じ相手に何度も対応しなくて済むようになる点が、窓口を移す主な利点だと編集部は考えます。
窓口を移しても、相手が止まるとは限りません。損害保険会社が弁護士を交渉窓口にしても、契約者が従前と同じように多数回・長時間の電話で苦情を続けた事案があります。会社は仮処分を申し立て、第1審は却下しましたが、東京高裁は、従業員に電話の応対や面談を強要してはならないと命じました(平成20年7月11日決定)。ほかの裁判例はカスハラ事例集にまとめています。
警告文を送る
企業マニュアルは、特に悪質なものへの対応方針の例に「内容証明郵便等を活用した警告文を発出する」を挙げています(p.43)。告示の例も「行為者に対して警告文を発出すること」です(4(4)、p.23)。どちらも会社がとる対処の例として挙げていて、送り主を弁護士に限っていません。会社の名前で送ることもできます。弁護士の使い方としては、文面が事実と食い違っていないか、言い過ぎていないかを確かめてもらう方法と、弁護士の名前で送ってもらう方法があります。
仮処分や訴訟を申し立てる
告示が対処の例に挙げる仮処分は、民事保全法の手続です。「仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。」(第23条第2項)。申立てでは、守りたい権利関係と保全の必要性を明らかにし、疎明しなければなりません(第13条)。何が起きたかを示す記録と、裁判所に出す書面の準備が要るので、弁護士への依頼を考えたい場面です。
損害賠償を請求する
企業マニュアルは、SNS等で名誉を毀損された場合に投稿者へ損害賠償を請求したいときは、必要に応じて弁護士に相談しつつ、発信者情報の開示を受けたうえで請求する、という対応例を示しています(p.29)。東京都の指針は、著しい迷惑行為で事業者に損害が出た場合に損害賠償を請求する可能性があることを、あらかじめ明示しておくことが望ましいとしています(p.25)。民法上の賠償の責任についてはカスハラに罰則はある?で扱っています。
告訴を支える
犯罪により害を被った者は告訴でき、告訴は代理人によってすることもできます(刑事訴訟法第230条、第240条)。被害を受けたのが従業員なら、処罰を求めるかどうかに本人の意思が関わります。通報や告訴の判断の進め方は警察に通報するのはどんなとき?で整理しています。
方針やマニュアルの範囲を確かめる
告示は、各業法等によりサービス提供の義務等が定められている場合などに留意して対応する必要があるとしています(p.12)。特に悪質なものへの対処の方針も、各業法等の定めがある場合など業種・業態によって必要な対応が異なることに留意しつつ、状況に応じた方針を定めることが効果的だとしています(p.22)。企業マニュアルは業法の例に旅館業法と航空法を挙げ(p.43)、東京都の指針は、正当な理由のない恣意的な退去要請や出入り禁止、商品やサービスの提供の拒否がないように十分留意することを求めています(p.25)。
出入り禁止や販売の停止を方針に書くときは、自社の業種で何が制限されるかを、書く前に弁護士に確かめておくことを編集部は勧めます。
弁護士に頼んでも会社に残ること
措置を講じる義務を負うのは事業主です(法第33条第1項)。告示の措置ごとに分けると、次のようになります。右の列は、弁護士に相談できることの例です。
| 告示の措置 | 会社に残ること | 弁護士に相談できること |
|---|---|---|
| 方針の明確化と周知、対処の内容の周知(4(1)) | 方針を決めて周知する。カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を、管理監督者を含む労働者に周知する | 対処の内容のうち、法的な手続に進む場面の書き方 |
| 相談体制の整備(4(2)) | 相談窓口を定めて周知し、担当者が適切に対応できるようにする | 窓口の対応を外部の機関に委託することも例に挙がっている(p.16)。東京都のひな形は社外の相談対応者の例に弁護士事務所を置いている |
| 事後の迅速かつ適切な対応(4(3)) | 事実関係の確認、被害を受けた従業員への配慮(担当者の変更、配置転換、メンタルヘルス不調への相談対応など)、再発防止 | 法的な手続が必要な場合の相談(4(3)ロ②) |
| 特に悪質なものへの対処(4(4)) | 方針を定めて周知し、対処を行える体制を整備する。事案ごとに、出入り禁止などを講じるかを判断する | 警告文、仮処分、訴訟などの手続 |
| プライバシーの保護と不利益取扱いの禁止(4(5)) | 相談者等のプライバシーを守る措置と周知。相談等を理由に不利益に扱わない旨を定めて周知する | 事案の記録を弁護士に渡すときの範囲(編集部の提案) |
表の「東京都のひな形」は、東京都のカスタマーハラスメント対策マニュアル(ひな形)の6(1)①です。
判断も会社に残ります。解釈事項は、出入り禁止を方針に定めた場合でも、悪質な事案のたびに必ず講じなければならないわけではないが、整備した体制の下で、対処の方針に基づいて講じるか否かを判断する必要があるとしています(問15、p.20)。弁護士の意見を聞いたうえで、決めるのは会社です。
従業員の安全も、弁護士が交渉している間を含めて会社が守ります。使用者は、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮をするものとされています(労働契約法第5条)。東京都の指針は、暴力行為等で安全が脅かされたときに、現場監督者等が対応を代わって引き離す、あるいは弁護士や管轄の警察と連携するなどして、被害がこれ以上続かないようにすることを求めています(p.17)。
外部とつなぐ役も、社内の誰かが担います。企業マニュアルは、比較的規模の小さい企業では、経営者等が相談窓口を担い、外部機関との連携も経営者等が行う形を示しています(p.31)。事後の流れ全体はカスハラ対応フローで整理しています。