カスハラという行為そのものに罰則を定めた国の法律はありません。顧客側は、暴行や脅迫、居座りなどの行為が刑法の罪に当たれば処罰され、損害を与えれば民法上の損害賠償の責任を負うことがあります。企業側は、2026年10月1日に義務になった措置を講じていなくても罰金はありません。ただし、助言・指導・勧告の対象になり、勧告に従わなければ公表されることがあります。報告を求められて報告しない・虚偽の報告をすると、20万円以下の過料です。
条例は自治体ごとに違います。東京都の条例に罰則はありません。三重県では、知事の禁止命令に違反した人に罰金などを科す条例が、2026年10月16日に県議会で可決されました。施行は2027年4月1日です。
顧客側と企業側の早見表
| 根拠 | 顧客(行為者) | 企業(事業主) |
|---|---|---|
| 労働施策総合推進法 | 言動に必要な注意を払う努力義務。罰則なし(第34条第5項) | 措置義務(第33条)。違反に罰金はなく、助言・指導・勧告、勧告に従わなければ公表(第42条)。報告をしない・虚偽の報告は20万円以下の過料(第45条第1項、第51条) |
| 刑法 | 暴行、脅迫、強要、威力業務妨害、不退去などに当たれば処罰の対象 | 対策をしないこと自体を罰する規定はない |
| 民法・労働契約法 | 損害を与えれば不法行為の損害賠償(民法第709条・第710条) | 従業員の安全への配慮を欠けば、安全配慮義務違反として従業員から損害賠償を請求されることがある(労働契約法第5条) |
| 条例 | 東京都は罰則なし。桑名市は警告後も改善が不十分なら氏名等を公表できる。三重県は禁止命令違反に罰金等(2027年4月1日施行) | 東京都・桑名市・三重県とも、事業者の取組は努力義務 |
顧客側:責任は「カスハラ」という名前ではなく、行為の中身で決まる
労働施策総合推進法が顧客に求めるのは努力義務だけ
2026年10月1日に施行された改正法は、顧客等についてこう定めています。「顧客等は、顧客等言動問題に対する関心と理解を深めるとともに、労働者に対する言動が当該労働者の就業環境を害することのないよう、必要な注意を払うように努めなければならない。」(労働施策総合推進法 第34条第5項)
これは努力義務で、違反への罰則はありません。同法の罰則規定(第49条〜第51条)にも、顧客等の言動を対象にしたものはありません。
刑法:行為が罪に当たれば処罰される
カスハラにあたる言動の多くは、刑法の罪にも当たり得ます。厚生労働省の企業マニュアル(令和8年度改訂版)は、指針が挙げる行為の類型ごとに、抵触し得る刑法の条文を示しています(印字p.12〜13)。法定刑は刑法の現行の条文で確かめました。
| 企業マニュアルの行為の類型 | 罪名(刑法の条文) | 法定刑 |
|---|---|---|
| 身体的な攻撃(暴行、傷害等) | 暴行罪(第208条) | 2年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 |
| 身体的な攻撃(暴行、傷害等) | 傷害罪(第204条) | 15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等) | 脅迫罪(第222条) | 2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金 |
| 同上 | 強要罪(第223条) | 3年以下の拘禁刑 |
| 同上 | 名誉毀損罪(第230条) | 3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 同上 | 侮辱罪(第231条) | 1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料 |
| 同上 | 信用毀損及び業務妨害(第233条) | 3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金 |
| 同上 | 恐喝罪(第249条) | 10年以下の拘禁刑(未遂も罰する。第250条) |
| 威圧的な言動 | 威力業務妨害罪(第234条) | 第233条と同じ |
| 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁) | 不退去罪(第130条) | 3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金 |
| 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁) | 逮捕・監禁罪(第220条) | 3月以上7年以下の拘禁刑 |
| 言動の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの | 不同意わいせつ罪(第176条) | 6月以上10年以下の拘禁刑 |
表を読むときは、次の3点に気をつけてください。
- 罪に当たるかどうかは、行為の中身と状況から、捜査機関と裁判所が判断します。表は「当たり得る」罪の一覧で、カスハラと判断した言動がそのまま罪になるわけではありません
- 名誉毀損罪と侮辱罪は、告訴がなければ公訴を提起できません(刑法第232条)
- 企業マニュアルは軽犯罪法も挙げています(印字p.13)。東京都の指針は、ストーカー行為等の規制等に関する法律や軽犯罪法などの特別刑法も違法な行為に含めています(都の指針 p.2)
指針は、特に悪質と考えられるものへの対処の例として、暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動を警察へ通報することを挙げています(告示51号 4(4)、p.22〜23)。通報するときの判断と伝え方は、カスハラで警察に相談・通報するときにまとめています。
民法:損害を与えれば賠償の責任を負うことがある
故意または過失で他人の権利や法律上保護される利益を侵害した人は、生じた損害を賠償する責任を負います(民法 第709条)。身体や名誉を侵害した場合は、財産以外の損害(精神的な苦痛など)も賠償の対象です(第710条)。都の指針も、財産的・精神的損害が生じた場合は、不法行為責任に基づく損害賠償請求権が発生する可能性があるとしています(p.2)。
都の指針はさらに、条例の定義の要素をすべて満たさない場合でも、「著しい迷惑行為」そのものは刑法等で処罰されたり、民法に基づいて損害賠償を請求されたりする可能性がある点に留意するよう求めています(p.2)。
賠償のほかに、行為をやめさせる手段もあります。指針は対処の例に、民事保全法に基づく仮処分命令の申立てを挙げています(4(4)、p.23)。公表された裁判例では、保険金の請求をめぐって多い日で1日19回、長いときは1回90分の電話を続けた契約者に対し、損害保険会社の従業員へ電話の応対や面談を強要してはならないとする仮処分が認められました(東京高裁 平成20年7月11日決定)。
条例:罰則があるかどうかは自治体で違う
条例の有無と中身は自治体ごとに違います。ここでは、一次資料で確かめた3つの自治体を取り上げます。
東京都:禁止規定はあるが、罰則はない
東京都の条例は、「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない。」と定めています(第4条)。都の指針は「当該禁止規定に違反した場合の罰則規定はない」としたうえで、行為の内容によっては、条例とは別に刑法等による処罰や民法上の損害賠償の対象になり得ると説明しています(p.1〜2)。事業者の取組は努力義務です(第14条)。国の法律との違いは「東京都カスハラ防止条例とは」で詳しく扱っています。
桑名市:警告後も改善が不十分なら、氏名等を公表できる
桑名市の条例(2025年4月1日施行)は、罰金などの刑罰の規定を置かず、市による認定と公表の仕組みを定めています。
- 就業者または事業者等が、市長に確認(行為者を特定しない判断)または認定(行為者を特定した判断)を求める。市長は委員会に諮問する(第8条)
- 確認または認定をしたときは、事案の概要を公表する。認定したときは、行為者に警告する(第9条第1項)
- 警告しても状況の改善が不十分なときは、行為者に意見を述べる機会を与え、委員会の意見を聴いたうえで、氏名などを公表できる(第9条第2項)
三重県:禁止命令に違反すると罰金等を科す条例
三重県議会は2026年10月16日、「三重県カスタマーハラスメント防止条例案」(議案第98号)を原案どおり可決しました。賛成45、反対0です(議案審議結果、議員別の賛否)。仕組みは、県が2026年6月に公表した最終案(県のページ)で次のとおりです。県議会の委員会で県が示した条例案の概要も、この3点は同じ内容です(説明資料 印字p.2〜3)。
- 事業者が中止の要求などをしても止まらない「特定カスタマーハラスメント」について、事業者が知事に申し出る(第15条)
- 知事は、三重県カスタマーハラスメント防止対策審査会の意見を聴いたうえで、行為者に禁止命令を出せる。命令の内容を公表できる場合があり、命令の効力は1年以内(第16条)
- 禁止命令に違反した人は、50万円以下の罰金又は拘留若しくは科料(第21条)
特定カスタマーハラスメントには、正当な理由なく長時間にわたり、または反復して、金銭や物品の要求、謝罪や面会の要求、拒否したのに続く著しく対応困難な要求、卑わいな言動、つきまといを行うことなどが当たります(第15条各号)。大声や虚偽の事実の申立てなど、就業者に著しく不安を抱かせる方法でこれらの要求をすることや、就業者を著しく羞恥させる、または不安を覚えさせる方法で卑わいな言動やつきまといを行うことも含まれます。
施行は2027年4月1日です。一部の規定は公布の日から施行され、施行前に指針の策定などの準備を進められるよう、準備行為の規定が置かれています(説明資料 印字p.2)。6月の最終案の附則は2027年4月1日の施行だけを定めていたので、この点は提出された条例案で加わっています。公布日と条例番号は、2026年10月17日時点の三重県公報(第763号まで)に載っておらず、確認できていません。条文を引用するときは、公布後の公報や県の例規集で確かめてください。
3つの自治体とも、罰則や公表の対象は行為者です。事業者に罰則を科す規定は置いていません。事業所のある都道府県・市町村に条例があるかどうかは、その自治体の例規集で確かめてください。