ハラスメント研修の受講記録は、労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法と厚生労働省の指針に、保存を定めた規定がありません。それでも、方針を全ての労働者に届けたことを後から示す材料になります。6つの指針と解釈Q&Aで確かめた位置づけ、残す項目、周知の記録・事案の記録との分け方、改訂や入退社のときの更新、保存の考え方を整理します。
ハラスメント研修の受講記録を残すことは、ハラスメント対策を定めた法律(労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法)や厚生労働省の指針では求められていません。ただ、指針は方針を管理監督者を含む労働者に周知・啓発することを事業主の措置として求め、その方法の例に研修を挙げています。受講記録は、その周知・啓発を全ての労働者に行ったことを後から示すための材料で、「誰に、どの版を、いつ届け、何をもって完了としたか」が分かる形で残すと役に立ちます。
この記事で扱うのは、受講記録そのものの設計と保存です。研修の形式や受講時間の扱いは「カスハラ研修をオンラインで実施する方法」、研修が義務かどうかは「カスハラ研修は義務?」で扱っています。
法律と指針での位置づけ
まず、研修と記録がそれぞれどの層にあるかを分けておきます。
- 措置義務(方針の周知・啓発):パワハラ・セクハラ・妊娠出産等のハラスメント・育児休業等のハラスメントの各指針と、2026年10月1日から適用されているカスハラ・求職者等へのセクハラの指針は、いずれも方針を労働者に周知・啓発することを措置として定めています。研修、講習等は、その周知・啓発をしていると認められる例の一つです(例:カスハラ指針 4(1)イ②、p.12〜13、パワハラ指針 4(1)イ③、p.5〜6)
- 努力義務(研修の実施その他の必要な配慮):法律は、労働者の関心と理解を深めるために「研修の実施その他の必要な配慮」をするよう事業主に努めることを求めています(2026年10月1日施行後の条番号で、労働施策総合推進法32条2項・34条2項、男女雇用機会均等法12条2項・14条2項・16条2項など)
- 受講記録:上の6つの指針と、厚生労働省の解釈Q&A、労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法の本文を通して読むと、研修の受講記録を残すことや保存期間についての定めはありません。指針が「記録」に触れるのは、カスハラが起きた後の再発防止の措置として、必要に応じて事案の内容や対応経緯を記録することが考えられる、という一か所です(カスハラ指針4(3)ハ、p.20)
一方で、周知・啓発の範囲ははっきりしています。解釈Q&Aは、カスハラの方針について、所属部署や雇用形態を問わず全ての労働者に周知・啓発する必要があるとしています(問8、印字p.12)。研修でこれを行うなら、全員に届いたことを示す手がかりは研修の記録になります。
行政とのかかわりでは、厚生労働大臣(権限の一部は都道府県労働局長へ委任できます)は、措置義務などの規定(男女雇用機会均等法では法律全体)の施行に関して事業主に報告を求めることができます。報告をしなかったり虚偽の報告をしたりすると、20万円以下の過料の対象になります(施行後の条番号で、労働施策総合推進法45条1項・51条、男女雇用機会均等法35条1項・39条)。報告を求められたときに何を示すかは法律に書かれていませんが、周知・啓発を研修で行った会社にとっては、受講記録が説明の材料の一つになります(当社の整理)。
3つの記録を分けて持つ
ハラスメント対策では、似た名前の記録が3つ出てきます。目的と中身が違うので、1つの表に混ぜずに分けて持つと、求められたときに必要なものだけを出せます(当社の整理)。
| 記録 |
何を示すか |
指針での位置づけ |
| 周知の記録 |
方針や対処の内容を、いつ・どの方法で・誰に配ったか(社内報、掲示、配布など) |
措置義務(周知・啓発)の方法の記録。記録そのものの定めは無い |
| 受講記録 |
研修で、誰が・どの版を・いつ受け、完了したか |
措置義務の方法の例である研修の記録。記録そのものの定めは無い |
| 事案の記録 |
起きた事案の内容と対応の経緯 |
カスハラ指針では、再発防止の措置として必要に応じて記録することが考えられるとされる(4(3)ハ) |
周知の記録と受講記録は、どちらも「方針を届けた」ことを示す点で似ています。違いは、周知の記録が配った事実を示すのに対し、受講記録は一人ひとりが受け終えたかまで示せることです。方針を文書で配り、中身の説明を研修で行う会社は、両方を残しておくと互いを補えます。
事案の記録に入るのは、相談者や行為者の個人情報や相談の中身です。受講記録と同じ場所に置くと閲覧できる人の範囲がずれるので、保管場所も分けておきます。事案の記録の取り方は「カスハラの記録の残し方」で扱っています。
残す項目:後から聞かれる問いから決める
受講記録の項目は、後から聞かれそうな問いに答えられるかで決めます。「オンライン研修の実施方法」の記事では最小の5項目(対象者の名簿、教材の版、完了日、完了の基準、未受講者への対応)を挙げました。ここでは、それを監査や報告の場面で使える形に広げます(当社の提案)。
| 項目 |
答える問い |
残し方の例 |
| 対象者の名簿(基準日つき) |
全員が対象になっていたか |
基準日時点の在籍者全員。雇用形態・所属・顧客対応の有無を問わず載せ、対象外にした人がいれば理由も書く |
| 研修名と版 |
何を届けたか |
研修名と、方針・対処の内容の版(改訂日)。外部の教材を使うなら、自社で補った説明の版も |
| 受講日と完了の判定 |
いつ受け、どう完了と判断したか |
完了日と、完了の基準(最後まで視聴、確認テストの合格など)。確認テストなら合否 |
| 未受講と例外 |
受けていない人にどう対応したか |
期限後の連絡日、休職・長期休暇などの事情と、復帰後に受けた日 |
| 記録の出どころ |
その記録は誰がどう取ったか |
システムの自動記録か、担当者が入力した自己申告(紙の署名簿、朝礼での説明など)か |
対象者の名簿に基準日を付けるのは、在籍者が毎月変わるからです。「10月1日時点の在籍者120名のうち118名が完了、2名は休職中で復帰後に受講予定」と言える形にしておくと、全員かどうかの問いにそのまま答えられます。
記録の出どころを分けるのは、読む側が記録の性質を判断できるようにするためです。自己申告の記録が不十分という意味ではありません。紙の署名簿を使う場合も、誰がいつ集計したかを添えておけば、後から確かめられます。
記録を更新する4つの場面
受講記録は一度作って終わりではありません。次の場面で対象者や版が変わります。
- 入社・異動のとき:厚生労働省のマニュアルは、中途入社の従業員にも入社時に研修や説明を行い、漏れなく全員が受講できるようにすることを勧めています(パワーハラスメント対策導入マニュアル 印字p.29。カスタマーハラスメント対策企業マニュアル 印字p.34はパート・アルバイト等も挙げています。いずれも推奨)。入社日を名簿に持っておくと、未受講の新しい人がすぐ分かります
- 方針や教材を改訂したとき:古い版を受けた記録は、新しい版を届けた証拠になりません。改訂したら新しい版として受講記録を取り直し、旧版の記録は消さずに残します(当社の提案)。誤字の訂正のように中身が変わらない修正まで版を上げる必要はありません
- 事案が起きた後:カスハラ指針は、再発防止の措置の例として、方針と対処の内容を周知・啓発する研修、講習等を改めて実施することを挙げています(4(3)ハ②、p.21)。このときの研修は、どの事案を受けたものかを受講記録の側にも書いておくと、再発防止の措置の記録と結び付けられます
- 退職・異動で対象から外れたとき:在籍者だけを表示する名簿や管理画面では、辞めた人の記録が見えなくなることがあります。過去の時点で全員に届いていたかを示せるよう、基準日ごとの名簿と受講記録を控えとして残しておきます(当社の提案)
研修を定期的に行う会社は、実施のたびに基準日を決めて記録を締めると、年ごとの比較もしやすくなります。
保存の方法と期間
労働施策総合推進法・男女雇用機会均等法と6つの指針・解釈Q&Aには、受講記録の保存期間の定めがありません。ほかの法令では、たとえば労働基準法109条が「労働関係に関する重要な書類」の保存を定めています(5年間。当分の間は143条で3年間)。受講記録がこれに当たるかはこの記事では確かめていないので、期間を決めるときに社内の労務・法務の担当者や社会保険労務士に確かめます。そのうえで、保存期間は会社の文書管理規程で決めます。たとえば、その版の方針が使われている間と、改訂後の一定期間を目安にする方法があります(当社の提案)。
氏名や所属、テストの結果を名簿やシステムで整理した受講記録は、通常、個人情報保護法の「個人データ」に当たります(16条3項)。同法は、個人データを利用する必要がなくなったときは遅滞なく消去するよう努めることを求めています(個人情報保護法22条、努力義務)。長く残す理由があるなら、それを文書管理規程に書いておき、期間を過ぎたものは消去します。
保存するときは、次の点を決めておくと扱いやすくなります(当社の提案)。
- 閲覧できる人:人事担当と監査担当など、必要な人に限る。テストの点数は本人の評価と混同されないよう、研修の完了を確かめる以外の目的に使わない
- 修正の残し方:誤りを直したときは、修正した日・人・理由を残す。上書きだけにしない
- 控えの取り方:システムの画面だけでなく、基準日ごとにファイルで書き出して保管する
求められたときの出し方
社内監査や行政から実施状況を聞かれたときは、要約と元の記録を組み合わせて出すと伝わりやすくなります(当社の提案)。
- 要約(1枚):研修名と版、基準日、対象者数、完了者数、未受講者数と理由
- 元の記録:対象者ごとの受講記録(書き出したファイルや署名簿)
- 中身の資料:その版の研修資料、方針と対処の内容の文書
- 周知の記録:研修とは別に方針を配った場合は、その記録
要約は元の記録の代わりにはなりません。要約の数字がどの記録から出たかを書き添えておくと、確かめる側が元の記録へたどれます。事案の記録や相談の中身は、実施状況の説明には通常要らないので、求められない限り含めません。
措置全体の点検には「カスハラ対策チェックリスト」、義務になった措置の一覧には「カスハラ対策の義務化とは」が使えます。求職者等へのセクハラ対策の記録の考え方は「就活セクハラ対策の義務化」で扱っています。
よくある質問
確認テストは必要ですか
指針は研修の形式を定めておらず、確認テストも求めていません。確認テストは、受けたことに加えて内容を理解したかまで確かめたいときの方法です。Web会議の入退室の記録は参加したことの記録には使えますが、理解の確認にはなりません(当社の整理)。
紙の署名簿でもよいですか
よいです。この記事で確かめたハラスメント関係の法律と指針に、記録の形式を定めた規定はありません。紙の場合は、研修名と版、実施日、対象者の名簿と照らした未受講者、集計した人と日付を同じ綴りに残しておくと、後から確かめられます。
テストの点数まで残すべきですか
完了の判定に点数を使うなら、合否と判定の基準は残しておくと説明しやすくなります。点数そのものをどこまで残すかは会社が決めることで、残す場合は個人データとして閲覧者と保存期間を決めておきます。
ハラスメント対策室の受講記録
ハラスメント対策室の研修は、共通編・一般従業員編・管理職編・人事・相談担当編・顧客対応者編・採用担当者編・発注者・進行責任者編・経営・導入責任者編の8編です。確認テストがあり、正答率80%以上で、かつ★の付いた安全・不利益取扱いの防止にかかわる問題に全問正解すると受講完了として記録されます。
管理担当者が「研修状況」の画面で確かめられるのは、誰がまだ受けていないかと、各人がいつ受けたか、正答数と挑戦回数です。受け直しが必要な改訂で教材の版が上がると、以前の版で完了した人は「要再受講」と表示されます。受講記録はCSVで書き出せ、先頭に会社名と出力日時が入ります。CSVに載るのは、出力した時点で所属している人です。そのため、基準日ごとに書き出して保管しておくと、過去の時点の記録として使えます。
研修動画は各社に共通する内容を扱う教材です。自社の方針と、自社で定めた対処の内容は、会社が研修と併せて伝えます。共通編の冒頭4分19秒は、ログインせずにサンプルで見られます。