2026年10月1日のカスハラ対策の義務化に、企業がどこまで対応できたかを測った公的な調査は、厚生労働省・労働政策研究・研修機構・自治体の公表資料を編集部が2026年9月28日に確認した範囲では見当たりませんでした。2026年に公表された公的な調査で企業の対策状況が分かるものでは、東京都の調査(2025年10月時点)が新しく、カスハラ防止対策に「取り組んでいる」企業は38.5%でした。全国を対象にした厚生労働省の調査(2023年12月)では64.5%ですが、対象の規模も「対策」の数え方も違うため、2つの数字は比べられません。
この記事は、当社(ハラスメント対策室)が行った調査ではありません。国・自治体・経済団体が公表した調査の報告書を読み、数字をそのまま引いて並べたものです。報告書にない数字を編集部が計算した箇所は、そのつど「編集部の計算」と書いています。
企業の対策状況が分かる5つの調査
企業のカスハラ対策の実施状況を尋ねた国・自治体・経済団体の調査で、報告書を読めるものを新しい順に並べました。
| 調査(公表) | 対象と時点・回答数 | 「対策している」企業の数字 |
|---|---|---|
| 東京都 令和7年度 実態調査(2026年3月) | 都内(島しょを除く)15業種の従業員2人以上の企業、2025年10月。企業4,727件・従業員3,817件(企業の回収率23.6%) | 防止対策に「取り組んでいる」38.5% |
| 三重県 実態アンケート(2026年2月) | 県内の事業者と就業者、2025年3〜4月。事業者914者・就業者6,475名 | 実施状況は被害のあった事業者にだけ尋ねており、全体の割合は出ていない |
| 長野県 令和6年度 実態調査(2025年、同年7月に訂正版) | 県内企業、2025年2〜3月。483社(回答率32.9%) | 対策を「講じている」28.8%(検討中30.8%、講じていない40.4%) |
| 経団連 アンケート(2025年1月) | 経団連の企業会員、2024年8〜9月。222社(回答率13.7%) | 対策を「実施している」と「取りまとめるべく検討している」の合計43.2% |
| 厚生労働省 令和5年度 実態調査(2024年) | 全国の従業員30人以上の企業、2023年12月。7,780件(有効回答率31.1%) | 顧客等からの著しい迷惑行為について、予防・解決の取組を実施64.5% |
出典:東京都 概要(別紙) p.1・p.8、同 報告書 印字p.4、三重県 概要版 PDF p.2・p.16、長野県 概要 p.1・p.3、経団連 PDF p.3〜5、厚生労働省 概要版 p.4・p.12。
東京都の調査は、2025年4月に施行された東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の後の状況を把握するために行われました(報道発表、2026年3月31日)。都の条例と国の法律の違いは「東京都カスハラ防止条例とは」で扱っています。
数字が調査ごとに違う理由
38.5%、28.8%、43.2%、64.5%の差には、企業の実態の差だけでなく、調査の作り方の差が含まれています。引用する前に、次の4点を確かめてください。
1. 小さな会社を含むか
対策の実施率は、会社の規模で大きく変わります。東京都の調査では、従業員2〜4人の企業で23.8%、30〜99人で42.2%、1,000人以上で82.3%でした(報告書 印字p.21 図表2-7-1)。回答した企業の半数余り(2,505件)が従業員30人未満で、この層の実施率は30.5%です。
厚生労働省の調査は従業員30人以上だけが対象です。さらに、発送した25,000件のうち17,588件は300人以上の企業で、この層は全数に送っています(概要版 p.4)。規模別の回答数を足すと、回答7,780件のうち4,409件(56.7%、編集部の計算)が300人以上の企業で、全体の数字は大きな会社の状況に寄っています(同 p.12 図表11)。
経団連の調査は会員企業が対象で、回答222社のうち31.5%が従業員5,001人以上です(経団連 PDF p.4)。中小企業の状況を示す数字としては使えません。
2. 「対策」に何を数えるか
厚生労働省の64.5%は、方針の明確化や相談窓口の設置といった、他のハラスメントと共通の措置をカスハラにも行っているかを尋ねた結果です。同じ調査で、カスハラに特有の取組(対応マニュアルの作成・研修、出入り禁止、警察等との連携など)を尋ねた設問では、「特にない」が55.8%でした(概要版 p.14、報告書 PDF p.80〜81)。64.5%には、全社共通の相談窓口をカスハラにも使っていて、カスハラ向けの対処の手順はまだない会社も入りえます。
東京都の調査は「カスタマーハラスメントの防止対策に取り組んでいますか」と1問で尋ね、取り組んでいる企業にだけ具体的な取組を尋ねています(報告書 印字p.289〜290 調査票 問7・問8)。何を「対策」と考えるかは回答者に委ねられています。経団連の43.2%は「検討している」を含む数字です。
3. いつ、どの言い方で尋ねたか
5つの調査はいずれも、国のカスハラ指針(令和8年厚生労働省告示第51号、2026年2月26日告示)より前に行われています。厚生労働省の調査は「顧客等からの著しい迷惑行為」という言い方で尋ねており(概要版 p.3)、指針の定義で尋ねた結果ではありません。東京都の調査は、調査票に添えた別紙で「本調査におけるカスタマーハラスメント」の考え方を示して尋ねています(報告書 印字p.287)。
定義そのものは「カスハラとは」にまとめています。
4. 誰に、どう配ったか
東京都と厚生労働省は、企業のリストから無作為に選んで送っています(東京都は事業所母集団データベースから無作為抽出。厚生労働省は300人未満の企業を無作為抽出し、300人以上は全数)。三重県は県庁の各部局を通じて業界団体・事業者に配り、長野県は商工会議所連合会・商工会連合会などの協力を得て依頼しています。回収率・回答率は13.7%(経団連)から32.9%(長野県)までです(三重県は記載なし)。回答した会社が、対象の会社全体と同じ傾向とは限りません。
東京都の企業アンケートは事業所単位で、回答の基準日は2025年10月1日です(報告書 印字p.287)。
義務の措置と比べると、何が分かり、何が分からないか
2026年10月1日から、事業主には告示51号の措置が義務になりました。措置の中身は「カスハラ対策の義務化」で10項目に分けて説明しています。ここでは、2つの大きな調査の設問のうち、措置の区分に近いものを並べました。
| 措置の区分(告示51号 4) | 東京都(取り組んでいる企業1,822社のうち) | 厚生労働省(カスハラの取組を実施している企業5,023社のうち) |
|---|---|---|
| (1) 方針の明確化と周知・啓発 | 基本方針等の作成43.0%、マニュアル(判断基準や対応フロー等)の作成32.9%、教育・研修等47.8% | 方針の明確化と周知・啓発61.5%、行為者に厳正に対処する旨の規定と周知50.2% |
| (2) 相談体制の整備 | 相談できる窓口の整備65.7% | 相談窓口の設置と周知76.1%、担当者が適切に対応できるための対応40.0% |
| (3) 事後の迅速・適切な対応 | 被害を受けた従業員のケア50.9% | 設問は相談があった企業だけに尋ねている |
| (4) 特に悪質なものへの対処の方針と体制 | 行為者に対する措置(出入禁止等)36.8%、警察との連携17.3% | 別の設問で、出入り禁止等13.1%、警察等との連携12.7%(全企業のうち) |
| (5) プライバシー保護と不利益取扱いの禁止 | 設問なし | プライバシー保護44.4%、不利益取扱いをしない旨の定めと周知52.1% |
出典:東京都 概要(別紙) p.9、厚生労働省 概要版 p.13 図表13、同 報告書 PDF p.80〜81 図表77。どちらの設問も、告示51号の措置と同じ文言ではありません。区分への当てはめは編集部によるもので、各社が措置を満たしているかを示す数字ではありません。
表の割合は、厚生労働省の(4)を除き、取り組んでいる企業を分母にした数字です。全企業を分母に直すと、東京都で「相談できる窓口の整備」をしている企業は約25%、「マニュアルの作成」は約13%、厚生労働省で「相談窓口の設置と周知」は約49%になります(いずれも編集部の計算)。
調査から分からないことも残ります。
- 施行後の状況。どの調査も2025年10月以前の時点です
- 規定があるかではなく、実際に動くか。事実確認や被害者への配慮を、相談があったときにできる体制かどうかは、「取り組んでいる」の回答からは読み取れません
- 措置ごとの充足。1つの会社が区分(1)〜(5)をすべてそろえているかを示す集計は、どちらの報告書にもありません